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2003.06.23

沖縄慰霊の日

 彼の地では梅雨も明けて、祈りの夏が幕を開ける。世界がこんな状態だからこそ、58年前に起こったことも、今世界のどこかで起こっていることも、同じ悲しみとして捉えないとならないのだと。何故人が人を殺さなくてはならないのだと、その理不尽さと狂気を改めて恐ろしく思い、それらに取り込まれてはならないのだと、誓うよりほかなく。

 イスラエルとパレスチナの、テロで肉親を失った人たちが日本を訪れて対話をしたと聞く。平和な日本の姿が力になるという言葉に、今この国が何処へ向かおうとしているのかを思い起こせば、武器やそれらのための金銭などを使わずに彼らに力を与えられる国でありたいと、願うしかなく。

 最近のSEEDの一連の描写、スタッフのインタビューなどを読んでいると意図的に「現実」を描こうとしているとも取れる。その意図自体は間違っていないとは思うが、でも何か違うだろうとも思い。残酷描写と言ってしまってよいものかとは思うが、ガンダムシリーズで描かれた中では、Vガンでの「これ、母さんです」を越える演出はないんじゃないかと思うんだが、それからすると、「行間を読ませる演出」がSEEDでは物足りないのかなぁとか。まんま描かないと最近のお子様には分からんとスタッフは思っているのか、実際お子様の反応はどうなのだろうか。

 でもSEEDで描かれてるのは殆どが兵士の死であって、民間人が殺される場面は極端に少ない。アラスカで巻き添え食った民間人は居たみたいだが、ユニウス7以外は軍の拠点ばかりが目標なので、民間人の犠牲が殆どない。砂漠の虎も民間人は殺さなかったしな。そんな戦争あらすか。現実は、あんなもんじゃない。もっと残酷だ。その残酷さが描かれない限り、あれらの映像は趣味が悪いという域を出ることはないようにも思える。

 そういえば先日送られてきたCityのSEEDオンリーの「充員召集令状」、赤紙だなんて悪趣味だ。つーかSEEDオンリーなのにRX-78のラストシューティングのシルエットとクワトロ台詞ってのは違うんじゃないかと。しかしあのロゴはぱっと見1stまんまってのは企業としても問題あるんじゃないのか? とか何とか。

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