« 「その時 歴史が動いた」日米開戦を回避せよ | トップページ | 輝いたあの星を忘れないで »

2003.12.04

ぷちΖ祭り。

 Ζ見てるときの自分って凄くうるさいんで、とても他人様の前では見られないなぁと思ったり(^^; いやもう突っ込み所が多くて多くて。もう何回見てるか分かんないというか、既に絵を見てりゃ音は自動的に聞こえる/音を聞いてりゃ絵は自動的に浮かぶ状態なんですが、それでも見てるとのめり込んで困ります。ガンダム20周年コンサート盤だとか、「Ζ GUNDAM SPECIAL」なんて出してきて聞いてると、三枝成彰の音楽って流麗なんだなぁと思ったり。

 昨今はすっかりアルジェントソーマ・ハイですが、リウを見ながら「かみ子さんの方がずっと可愛げがあるわい」とか言ってると、今度はカミーユを見ながら「リウの方がよっぽど分かりやすいわい」とか言ってたり。見方によっては似たよーなもんかも知れませんが……どちらも他人に言えないことを抱え込んでしまう一方で、外向きに当り散らす性向で(カミーユが内向的ってのは違うと思うぞ自分は。内省的ではあると思うが)。誰かを愛してなきゃ生きていけないのに、他人が自分を愛してくれてるってことにはどうにも無自覚で。それは自分が悪いってのはちゃんと思い知ることになるんだけど、愛されていることに向き合うことにして初めて、有形無形の牢獄から出ることが出来たんだよねと。でもなー、彼女に対する乱暴狼藉の数々は、そんな微笑一つじゃ清算にもならんぞ。残りの人生かけて償いたまえ二人ともって感じで(^^; いやま、背負ってるものは全然違うから、キャラはまるで違いますけどね。

 あーでもリウはPhase:25でマキちゃんに一応「さよなら」を言ってるんだけど、カミーユはそーゆー話は出てこないまま終わってるからなぁ。しかしほんとΖ本編見てると見事なまでに修羅場っつーか……凄いわ。男と女という人間の一番根本的な区別の意味をここまで深く描いてる作品も、そうお目にかかれるものではないというか。女がちゃんと女として描かれてるからΖは面白いんだなと。あーもう字数ないやんか。まだまだ書きたいこと一杯あるのになぁ。時間もありませんが。

|

« 「その時 歴史が動いた」日米開戦を回避せよ | トップページ | 輝いたあの星を忘れないで »

アルジェントソーマ」カテゴリの記事

機動戦士Ζガンダム」カテゴリの記事