彼女が女である理由
読売新聞夕刊の記事らしいんですけど、これ書いたひととは違うSEEDを見てたらしいです自分。女性がしっかり描かれているとは思えなかったんで。
寝言では明言避けてましたけど、この部分はずーっと根に持ってました。女性キャラの誰一人として、女である理由がピンと来ないんです。女性にしといた方が絵的に分かりやすいし華もあるという以上のものが見えてこない。いっそ全員男でも話は通じそうな気がするくらいで(逆にニコルは女でも良かったかも)。それは、SEEDの世界では人間の根本の区別が男女でなく、ナチュラルかコーディネイターかという部分にあるから、敢えて男女を描かないんだと解釈しようとしてたんですが。
オフィシャルファイルでの両澤氏のインタビューで頭を抱えたのは、「ガンダムは男のものだという意識があった」という箇所。その感覚自体は否定しないんだけど、そういう意識を持った人が作った結果が「とらえどころのない美少年」だけでは、女性が書く意味って何処にあったの? と思う訳で。引き合いに出すのも失礼かとは思うんですが、おトミさんってのは「女は所詮女、でも女には勝てない」と解ってる男性だから、あぁいう女を描いてみせる訳ですよ。でも、SEEDの女性キャラにはどうも女が感じられない。器だけで中身のない女を見せられた気分なんです。作り手には申し訳ないんだけど。
女を武器にキラを篭絡しようとしたフレイはといえば、絵的な分かりやすさしか見えずに、どうにも安っぽく見えるし。これが時代を映しているというのなら、その時代を嘆くしかないのかなぁ。Ζ#25とかのサラの方がよほど小悪魔的な女として描かれてるように見えるんだけど。そいえば「私はパプティマスさまのものになりたいの!」というサラの台詞は何処へ行っちゃったんでしょうね? 「そんなにシロッコに抱かれたいのか!」はこれに対するカミーユの返答だったはずなんですが。
◆本日の更新:カミラボ:GX小話。嬉しい挿絵つき。他はまたおいおい(_o_)
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