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2004.01.09

カギカッコと句読点

 「カギカッコの中に入る文の末尾には句読点を打たない」というルールは知っているんですが(まさにこの例の通り)、小話を書いてると、どうしても打ちたくなる時があるんです。

(1)「だから」
(2)「だから、」
(3)「だから。」
(4)「だから!」
(5)「だから?」
(6)「だから……」
(7)「だから――」

 これは全部、書いてる本人の頭の中では違うんです。本来のルールだと(2)と(3)はアウトになるし、(7)も同人やwebのSSでもなければ見ない例でしょう。野暮な解説をしてみるとこんな風になります。

(1)単なる相槌というか接続詞。平板アクセント。直後に相手の台詞とか自身の行動が続く。表情に特に変化はない。
(2)語尾に吐息が混ざる感じ。下向き。まだ言いたいことはあるけど言えない。相手の反応を促してさっさと次の場面に移りたいという気分。ちょっとそっぽを向く感じ。
(3)そこで打ち切りたいという意図が入る。下向きでトメ。相手を軽く見据えている感じ。
(4)(3)より強い主張による説得。上向き。もう睨みつけてる。
(5)だからそれで何なのよ、という問い。上向き。
(6)(2)より長いタメ。場面転換よりも継続志向。下向き。
(7)(6)よりさらに長いタメ。これは完全に継続。上向き。

 ま、こうしたニュアンスというのは本来は地文で描くことであって、こんな簡単な台詞で表現する方が間違っているとは思います。ただ素人考えですが、句読点というのは一種の発音記号じゃないかと思うんです。疑問符や感嘆符というのは相当発音を支配してると思えますけど、他のものもそういう機能はあるだろうと。「ねねね」と「ね、ね、ね!」は音が違うと申しますか。「ねっ」と「ねッ」は♭と♯くらい違うとか言い出すと収拾がつきませんが。

 発音記号という意味では、「読点の位置は発音すれば分かる」とはよく言われることですが、意図的に読点を打たずにずらずら書かれた文章があれば、それは「息継ぎなんぞせずに一気に読め」という指示な訳です。文芸関係では句読点のルールを崩すこともアリだよなと。無軌道なのは頂けませんが。

 ただこれらの話とは別に、「ひらがなが連続しすぎる時には切れ目として打っておく」という自前のルールがあります。これは発音ではなく視覚効果の問題かとも思いますが。

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