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2004.02.09

Nスペ「ドキュメント・エルサレム」前編

 後編の再放送は2/9(月)2415~。後編だけでも見応えがあるので、未見の方は是非。

■前編・聖地での戦いはなぜ始まったのか 1879~1967

 オスマン・トルコ時代、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教が平和に共存していたエルサレム。迫害を受けていたヨーロッパのユダヤ人にシオニズム運動が巻き起こって、彼らは約束の地を目指すことになる。

 ユダヤ人の資金力に目をつけたイギリスは、ユダヤ人国家建設に好意的な反応を示す。しかし一方ではアラブ国家への好意も見せる。第一次世界大戦後、中東の北部はフランス、パレスチナを含む南部はイギリスの勢力下に入る。

 第二次世界大戦でのナチス・ドイツによるホロコーストの映像が世界に流れ、世論は一気にユダヤ人へ同情的に動く。国連決議によりイスラエル建国は国際社会で認められる。しかし彼らは周囲をアラブ国家に囲まれ、孤立していた。

 国連決議での数字を無視してパレスチナに勢力圏を広げていくイスラエル。幾度にもわたる中東戦争でその力は誇示され、土地を奪われたパレスチナ難民の悲劇が始まる。第三次中東戦争でついに旧市街を含む東エルサレムがイスラエルに併合された。

 国家の礎となる地図。初代首相の指示により、地理の専門知識を買われたダビッド・ベンベニスティが作り上げたその地図では、アラブの地名がヘブライ語に変えられていた。アラブ人から土地の経済的所有権だけでなく精神的所有権をも奪ったというのである。平成の大合併だとか、ダムに沈むから村の名前がなくなるという話も思い出す。

 シオニストであり教師であったダビッドは子ども達に、移住してきた土地とはいえ、この地こそ祖国なのだという愛国心を育て上げた。しかしパレスチナの人々は、大アラブというゆるやかな共同体の意識はあっても、パレスチナ国家という意識はなかった。そこへ、ユダヤ人の思い描く確固たる国家が侵食していった。

 聖墳墓教会の鍵を預かるのは代々イスラム教徒だという。イスラムが他の宗教に寛容であればこそ、あの平和なエルサレムがあったのだ。

 イスラエル建国の影には、イギリスの思惑だけでなく、ローマに追われて以来約2000年に渡っての迫害の歴史が存在する。そもそも何故彼らは迫害され、だからこそ信仰に基づく団結を深めて約束の地を目指したのか。そこが知りたくなった。

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ドキュメント・エルサレム(前編)の続き。 ドキュメント・エルサレム(後編)を見ました。一神教の宗派争いの中心地がエルサレムという場所に集約されているということが... [続きを読む]

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