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2004.08.05

その時歴史が動いた「さとうきび畑の村の戦争」

 「その時歴史が動いた」8/4放送は、第171回「さとうきび畑の村の戦争~新史料が明かす沖縄戦の悲劇~」の再放送。TBSの「さとうきび畑の唄」をご覧になっていた方は、NHK総合で8/12(木)26:05~(8/13(金)02:05~)に再放送があるので、こちらも是非。←残念ながら中止になりました

 戦前、さとうきびの生産量では沖縄でも指折りだったという西原村。沖縄戦で西原村の犠牲者は住民の47%にまで達した。米軍の沖縄上陸を目前として、西原村では防衛隊員として17歳~40歳の男性の9割が現地徴用されることになったが、実際には既に疎開するなどで人数は足りず、70歳や14歳といった対象外の男性までが「根こそぎ動員」された。こうして男手を失った西原村には高齢者・女性・幼子が残されたが、北部へ疎開するよう言われても、徒歩での移動や現地での食料の自主調達などの無理な条件もあり、多くの村民はそのまま残ることになった。

 4/1、ついに米軍は北谷に上陸。第32軍の司令部のある首里を目指す途中に、西原の丘陵地帯が立ちはだかっていた。沖縄へ55万を差し向けた米軍に対し第32軍は7万余。日本軍は米軍を上陸させ、西原を防壁とした持久戦に持ち込む作戦をとった。しかし米軍の圧倒的な火力に、日本軍は夜間の「斬り込み」作戦で対するしかなく、「沖縄を守るためだ」と言われた防衛隊員の少年達まで動員された。そして、この作戦の内容が米軍に渡ったことが、悲劇を拡大させた。

 その史料には、日本軍が現地の住民に紛れるようにして作戦行動することが記されていた。米兵に現地住民と日本兵の区別などつく訳がなく、西原村に残るしかなかった民間人にも銃口が向けられたのだ。住民は日本軍と共に南部へと逃げ、喜屋武岬にたどり着く。海からは艦砲射撃、空からは機銃掃射、陸からは戦車が追い詰める中を逃げ惑い、米軍の捕虜の扱いが残虐なものだと教えられていたが故に、軍人も民間人も自決の道を選んだ。そして司令官自決の6/23をもって、日本軍の組織的抵抗は停止したとされるが、実際には戦闘は続いていた。8/29、抵抗を続けていた部隊が武装解除に応じ、9/7に公式に沖縄戦は終結した。

 「これで父母に会える」と言った兵士が居た。しかし、その父母は既に死んでいたというのが沖縄戦だ。別の少年は父の残したさとうきび畑を耕し始めたが、畑は戦車が踏みしめてスコップが立たないほど硬くなっており、焼け野原で枯れ木を集めて仮小屋を作るしかなかったという。59年経って、さとうきび畑は平和に見える。しかしその下には、今も多くの遺骨が眠っている。


 以下感想。平和の礎の沖縄戦犠牲者の名前にあった「■■の母」。こういった犠牲者が居ることが悲劇の大きさを思わせるが、その人が居たという事実が刻まれただけ良いのかも知れない。今もまだ名前が分からない人も居るのだろうから。

 上陸した米軍を見て、その圧倒的な兵力に「こんな米軍と戦っている日本軍は強い。日本は絶対負けない」と思ったという在りし日の少年。敗走を続ける中、死んだ戦友に「お前は良い。五体満足で死んでいるじゃないか」と笑ったという人。そして数多の死に涙は出なかったという人。沈黙の中「何故ですか」と問う取材班に、ぽつりぽつりと「何故ですかね、涙が出る余地もなかったんですかね」と答えられては、それ以上問うことも出来なくなるだろう。

 当時15歳~20歳の若者達、27歳で身重だった女性、そして元米兵の証言と、多くの記録映像で綴られるその説得力は圧倒的だ。今回は触れられていないが、日本軍と共に逃げた民間人は日本軍に殺されたとか、全てを焼き尽くした米軍が支配し、本土復帰を果たした今も駐留するその地の痛みだとか、そもそも琉球王国に薩摩藩が手を出した歴史だとか、沖縄はとにかく重いのに、見聞きしたことは氷山の一角に過ぎない。そして今日も地球のどこかで殺されていく人が居る、その現実も重い。

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