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2004.10.16

優雅な無知

 朝日新聞木曜夕刊のアーサー・ビナード氏のコラム「日々の非常口」の10/14付け「優雅な無知」にて、平和とは何かを定義した言葉が二つ挙げられている。

■アメリカの詩人、エドナ・セントビンセント・ミレー氏

平和とは、どこかで進行している戦争を知らずにいられる、つかの間の優雅な無知だ

■ベトナムのガイド、フィさん

平和は、戦争をしたがる人の準備のための時間

 上のミレー氏の言葉は1940年のものというから、海の向こうで始まった第二次世界大戦を眺めてのものなのだろう。そして、ベトナム戦争が激化していた1967年にアメリカで生まれたビナード氏が、おぼろげな記憶の中にしかなかった戦争の舞台となったベトナムを先頃訪れた際にガイドから聞いたのが下の言葉。アメリカでは58000人余りの米兵の犠牲は当然重みを持って受け止められている。しかし300万人のベトナム人が殺されたことにきちんと向き合ってこなかったことに氏は気付いたのだという。そして今、米大統領選で、イラク戦争で千人を超えた米軍の犠牲者のことは取り上げられても、万単位で殺されているイラク市民のことは出てこないのだと。

 題名にも引かれた「優雅な無知」という言葉の感覚はさすがに詩人。そして、戦争に蹂躙された国を案内する人の言葉はさすがに重い。戦争を知らない日本人は「平和」を何と定義すれば良いのだろうか。「秋晴れの空の下で昼寝の出来る幸せ」というのはただの願望だし。「もう二度と手放してはならないもの」というのも理想が勝っているような気もする。

 平和とは必ずしも同義ではないが、「戦後」という言葉がある。「もはや戦後ではない」などと言われたときには、「終戦直後の貧しかった時代」を指していたのだろう。しかし日本が戦争をしないまま59年が過ぎても、世界に戦火が止むことはない。「戦後」とは単に「次の戦争の前の時期」でしかないのだ。最近寝言でよく話題にしている機動新世紀ガンダムXは「戦後」を描いた物語だが、次の戦争が始まろうとしている中で、「次の戦争に戦後はあるのだろうか」という台詞が登場する。今続いている戦争の戦後がまるで見えずに、ふとこの台詞を思い出してしまう。

 アメリカ生まれの詩人であるビナード氏の連載は木曜の楽しみの一つ。海を越えて伝わっている「入浴剤入りの温泉」の話題だとか、氏が日本で発見した文化の違いなどの「アメリカ人の見た日本」の話題が楽しめる一方で、今回のような「アメリカ人が伝えてくれるアメリカ」の話題も興味深い。

Web日本語|アーサーの日本語つれづれ草 

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