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2006.03.08

その時歴史が動いた「ゼロ戦・設計者が見た悲劇」

 NHK「その時 歴史が動いた」、3/8放送の第248回は「ゼロ戦・設計者が見た悲劇~マリアナ沖海戦への道~」。再放送は3/16(木)深夜。

 最近あまりちゃんと見てなかったこともあって、久しぶりにきつかった。一号ゼロ戦の抜本的な設計の見直しをしないまま、二号で「改良」と称してエンジン大型化と翼端切除って、素人目に見ても駄目じゃんそれって思うのに、その後は……もう言葉もない。エピローグ、神風特攻隊に使われたゼロ戦は2000機以上。そして制空権を奪われた日本は、空の王者に取って代わられたB-29による焦土作戦(と原爆投下)で一般市民への被害が拡大した。もうじき3月10日だからこういう話なんだろうけど、本気で胸が押しつぶされそうで、やりきれない。

 ゼロ戦の設計者が言うには、特攻に使われるのは嫌だった、同じ年配の人を一人ずつ殺すのだからと。そしてこのひとは、その思いを抱きながら今も生きている。優秀な兵器を持つのなら、それを制御するに足るだけの精神が必要との言葉。兵器以前の問題だろとも思うけど、ほんと当時の海軍上層部の見る目の無さが腹立たしい。何で専門家である設計者の意見をつぶしちゃうのよ。なにが大和魂だよ。精神論じゃ命がいくつあっても足りないんだよ戦争は。第二次世界大戦当時のドイツなどの飛行機の話とか読んでると、日本軍がいかに人の命を使い捨てにしてたかが分かって頭痛い(無線誘導装置を開発するよりパイロット使い捨ての方が安上がりだとか思ってるんだから……絶句)。でさ、こういう考え方って根絶された訳でもないんだよね。あかんまだマジで胸が苦しい。

 来週は今年最多の反響ということでアンコール「二宮金次郎 天保の大飢饉を救う」。その次もアンコールだけど「信長の巨大鉄船、戦国の海を制す」って、自分にとっては映像のツギハギっぷりが凄まじくてそればかり印象に残った怪作。うわーこれなら「星を継ぐ者」のエイジングの方がよほどいいじゃんとか思ったりして。4月からは水曜22時。

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コメント

 私はこの話や前にやったNHKスペシャル(だと思った)での源田実大佐の「防弾にたよるなど根性がない」発言には幻滅しました。いえこの人、すごいエースパイロットなんですよ。特に対戦末期に紫電改(毛生え薬じゃないよ(笑)。あっちがまねしたの)に乗ってB-29をがんがん撃墜した人ですし、なにより水上機ベースで安定が“良すぎて”急降下がうまくできないと言う弱点を持っていた紫電改の為に「一旦ひっくりかえってから急降下する」(つまりわざとバランスを崩す。普通はこんなことをすると失速、墜落するが紫電改ならば大丈夫)なんて荒業を開発した人なのでちょっと尊敬していたのです。まあ自分の力量を基準にすればそうなんだろうけど、大局をみていないなあ。
* だいたい紫電改は防弾装備がしっかりしていた。

 でも対戦末期の兵器研究の話を聞くと、どれも無茶苦茶ですよ。例えば陸軍が開発して後に海軍も使うようになった「誉」エンジンですが、これってなんとハイオク仕様なんですよ。だからこそ「栄」エンジンの1.5倍程度の排気量で2倍近い馬力を出せたのですが、なんと「開発用のハイオクガソリンすら入手に困った」そうです。海軍の研究所が少し持っていたのでわけてもらい、なんとか開発でしたとか。研究所ですらそんな状況なのにまして現場でハイオクガソリンなんて手に入るわけがない。しかたなくレギュラーガソリンでも使えるように現場で調整して使っていたそうですが、当然性能はがた落ちだし故障もする。後の五式戦闘機がかなりもてはやされたのも、これ用の「金星」エンジンはちょっと古いもので、レギュラーガソリン仕様だったので「本来の性能をちゃんと出せた」のが大きかったようです。

投稿: Y/N | 2006.03.17 20:30

>Y/Nさん
 今回の「その時」でも、「防弾にたよるなど根性がない」という話は出てきていましたね。日本海軍の設計担当者が、撃墜された米軍機を調査して防弾の必要性を訴えたのに、それを跳ね除けたという。「当たらなければどうということはない」と全員が言える訳でもないでしょうにね。ほんと大局を見られていないというのが悔やまれます。

 太平洋戦争がそもそもアメリカが日本に石油を売ってくれなかったというあたりから始まっているという話があるだけに、ハイオクエンジンというのも何か現実味がないですねぇ。「金星」エンジンの評価の高さを知るに付け、そっかこういう知識がある人がMSイグルー第3話で「土星」エンジンなんて出てくると笑ってしまうのね、と思います。アルジェントソーマとMSイグルーのおかげで第二次世界大戦時の飛行機の知識がぼちぼちついてきましたが、知らずにいて愕然とすることも多いですね。

投稿: しののめ | 2006.03.17 21:16

 私もかつては「男の子」だっただけにこうした“兵器”にはかなり関心を持ったのですが、自分としては丁度その頃「松本零ニ 戦場漫画シリーズ」に出会えたおかげでバランス感覚を保てたと思っています。なのでこの手のネタはなかなか“重い”のですが、一言。

 昔零戦設計者の堀越次郎さんのインタビュー記事を見たことがあります。そこで堀越氏は「どの戦闘機が一番だったか」との問いに「どれにしても人の命を奪ったものですから、どれが一番とは言えません」といった内容のコメントを残しています。

 もっと辛いのが「桜花」です。零戦が特攻機に使われたのはあくまでも“流用”ですが、桜花は最初から特攻“専用”に開発されたものです。これについても松本氏が戦場漫画シリーズで書いています。松本氏の父親は戦争中パイロットで、それも「特攻機の先導役」を勤めていたそうです。絶対帰ってこない同僚を先導して自身は帰ってくる。これを“何度も”繰り返したのはさぞや辛かったことでしょうし、それを見ていた零ニ少年の心にも何かがあったのでしょう。

 ちなみに当然と言えば当然なのですが、桜花パイロットにも「訓練」は行われました。私などは想像するのも嫌なくらいですが、言わば「死ぬ訓練」を行っていたパイロットの心中たるやどのようなものだったのでしょうか。2代目「水戸黄門」を勤めた西村晃さんも実は特攻パイロットだったそうで、生き残ったもののやはり終戦直後は自暴自棄の毎日だったそうです。

投稿: | 2006.03.27 01:40

 一応補足です。西村氏が使った機体が何かはわかりません。ただ「故障で失敗した」とありましたから零戦か何かだったと思います。

投稿: Y/N | 2006.03.27 19:56

>Y/Nさん 一つ上の無名のコメントもそうですよね?

 興味深い話をありがとうございます。
 さすがに「女の子」をやっていたので、この手の戦闘機については全然知らないで少女時代を過ごしてしまいましたが、その頃に聞いたとても印象的な話があります。

「特攻に出る前、最後の里帰りをしていたら終戦になった。あと1週間戦争が続いていたら、自分は今ここにはいなかった」

 普段は枕の話などせず、すぐに授業を始める先生だったのに、この一度だけはそんな話をしてくれました。高校3年生の12月、おそらく最後の単元となった「アンネの日記」初回だったと思います。米軍に向けて捨てるはずだった命を拾って、その先生は私たちに英語を教えてくださっていました。3年の担任では最年長、多分定年間近だった方だと思います。

 その先生が乗るはずだった機体がどれかは分かりません。それに特攻機は日本だけでなくドイツでもあったとか「異形機入門」で読みましたけれど、そこに書かれていたのが本文にも言及した「無線誘導装置を開発するより~」とかいう内容です。ドイツでは使えるかどうかはともかくベイルアウトを想定した設計だったのに、桜花ときたら……。そういう目線だと、「リーンの翼」にせよ「ダンバイン」にせよ色々とキツイところはありますが。

投稿: しののめ | 2006.04.07 22:56

 先日書店にて陸軍二式単座戦闘機「鍾馗」の特集をやっている雑誌があって立ち読みした(誌名すら覚えていない(^^;)のですが、そこにある意味「意外」な事実が書かれていました。

 陸軍の戦闘機はなんと一式戦「隼」の頃から防弾装備があったと言うのです!とは言えかなりちゃちなものでアメリカ軍の調査では「7.7mm 機銃までしか耐えられない」程度だそうですが、それでも“何もない”零戦よりははるかにましです。とかく陸軍と言うと悪い評判しか聞かないだけに、これは意外でした。

 ちなみにその雑誌、今回のテーマである「鍾馗」と同時期の各国の戦闘機との性能比較をやっていました(これ自体は当たり前と言えば当たり前の企画)のですがなぜか、それぞれの機体の項目に「妙なコスプレをした女の子」のイラストがついていました(笑)。例えば「鍾馗」はなぜか巫女さん姿で、頭にタケコプターのよなプロペラをつけて腰には左右に小さな羽(主翼のつもりでしょうか)をつけています。全ての機体についてこうした「コスプレ+機体の一部のようなもの」をつけた女の子のイラストがついていました。
*これには結構引きました(^^;。

投稿: Y/N | 2006.06.01 12:35

>Y/Nさん

 陸軍の戦闘機に防弾装備があったというお話、本来ならそちらの方が当然のはずなのに意外に思えてしまうというあたりが辛いですね。身内の技術者の要望も聞かなかった海軍上層部が陸軍の仕様に興味を示したとも思えないのがまた。

 ミリ方面の雑誌は手にしたことがないもので見当もつかないのですが、頭痛の種はこういうものだったのでしょうか(^^? 何でもありの模型誌に載っている分には普通に見られてしまうというのもなんともはやですが。
http://www.konami.jp/th/figure/mecha/index.html

投稿: しののめ | 2006.06.10 11:56

 ふと思ったのですが陸軍って「人間の命」はおもいっきり粗末に扱いますが「兵器」はとっっっても大事にするじゃないですが。パイロット養成には時間もお金もかかるので、もしかしたら「貴重な“成体CPU”を粗末にできるか!」とか考えていたりして(^^;。

> ミリ方面の雑誌は手にしたことがないもので見当もつかないのですが、頭痛の種はこういうものだったのでしょうか(^^? 何でもありの模型誌に載っている分には普通に見られてしまうというのもなんともはやですが。

 こんな感じですが、もっと“女の子”してました(^^;。確かにアニメ系や模型系だと特に違和感はないのですが、軍事系それも空想戦記とかではなく「リアル兵器」ものでこの手の絵はさすがに引きます(^^;。

投稿: Y/N | 2006.06.21 22:17

> Y/Nさん
 うーん結局パイロットは人間扱いされてないってことなんでしょうか。凹みますねー。

 どうにも不勉強なもので、その筋の方には怒られそうですが、(旧日本軍の)陸軍も海軍も五十歩百歩に見えるというか、いまひとつ区別がついていないような(_o_) 「ヒコーキ乗りは空軍の専売特許じゃなくて、陸軍も海軍も乗るときゃ乗るのよ」なんて認識できるようになったのって、JAGとかアルジェントソーマを見るようになってからじゃないかしらとか。

 件の絵はリアル兵器な本に載っちゃってたんですかーそりゃ引きますね確かに。最近大河の本編後の紀行のラストにもマスコットキャラみたいなの出てくるのにも引いてるというのにーそんなところで狙わずともよろしい。

投稿: しののめ | 2006.06.22 23:33

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 NHKその時歴史が動いた「ゼロ戦設計者は見た悲劇〜マリアナ沖海戦への道〜」 昭和19(1944)年6月19日 ゼロ戦、マリアナ沖海戦で壊滅的な被害を受ける  太平洋戦争の戦局を支え続けた零式艦上戦闘機、ゼロ戦。開戦当初、アメリカ軍戦闘機をも圧倒したゼロ戦は、戦前日本の技術力の結晶だった。しかし、昭和19年、空前の航空決戦となったマリアナ沖海戦において、壊滅的な打撃を受ける。  なぜ、�... [続きを読む]

受信: 2006.03.15 23:29

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