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2006.04.20

NHKアーカイブス四日市公害特集

NHKアーカイブス 4/16放送分 「環境アーカイブス」 四日市公害特集
ある人生「公害係長」(1967年(昭和42年)6月17日放送)
  相松尚氏(四日市市公害対策課係長)
ある人生「海をかえせ」(1970年(昭和45年)12月19日放送)
  田尻宗昭氏(四日市海上保安部警備救難課長・「四日市・死の海と闘う」著者)
・中部ナウ「灰色の空は消えても」(1992年(平成4年)7月11日放送)
  澤井余志郎氏(「くさい魚とぜんそくの証文」編者)、野田之一氏(四日市公害裁判原告)他。

 信じられない。
 けれどその現実があったことは知っている。そしてそれが今に繋がっていることも。

 少し長くなるが四日市で育った自分のことを書く。
 自分が生まれたのは丁度公害国会の頃、「海をかえせ」が放送されたすぐ後だ。小学校の社会科で「のびゆく四日市」を教材に使ったのはそれから10年ほど後のこと。海軍燃料廠があったことから空襲を受け、パンプキン爆弾も落とされた四日市だが、35年前の戦争より10年前の公害裁判の方が傷跡は生々しかったことだろう。だから平和教育を受けた覚えはないが、今で言う環境教育は受けたはずだ。夏休みの自由研究に公害を取り上げる児童も多かった。だが汚染地との対照に使われるような郊外の新興住宅地、住民にはコンビナートの従業員も多い。遠くに煙を上げる煙突は見えても、その足元の痛みを実感することはできなかったと思う。
 進学した四日市高校の要覧には光化学スモッグについての対応の記載があった。近鉄富田駅に隣接するグラウンドからは第3コンビナートのフレアスタックが炎を上げるのが見えた。四日市南高校在勤経験のある地理の先生が、南高の校歌が変えられたことなどを教えてくれた(塩浜小・富田中の校歌も変わったそうだ)。津へ遊びに行くのに、近鉄の急行が塩浜に停車すると息を止めた。往時ほどではないはずだが、「くすんだオレンジ色」を思わせる、酸味のある異臭が常に鼻を突いた。高校の地学部に市から要請があって、環境庁のスターウォッチングに参加した。四日市市域でも郊外の特に空気の澄んだ小山田地区(この結果だと市内で3番目に二酸化窒素の平均値の数値が低い)での観測の結果、四日市は「星空の街」に認定された。「あの四日市が」と驚く朝日新聞の記事に、情報操作とはこういうことかと知った。大学に進学して、環境問題の講義を選んで受講した。小学生の時には読まなかった公害関係の資料を求めて、四日市市立図書館へ通った。
 10数年経って堺市に転居すると、何度も光化学スモッグ注意報の発令を聞いた。塩浜ほどではないが、微かにあの異臭が感じられた。気分が悪くなったこともある。堺でこうなのだ、塩浜はもっと酷いのだろう。もっともっと酷かったのだろう。そう思った。ほんの5年前のことだ。現住所は海が遠いからあの高い煙突を見ることはない。

 白黒だった「公害係長」はまだ何とか見ていられた。でもカラーの「海をかえせ」は、吐き気どころか、心臓がばくばくして、呼吸もおぼつかなくなった。
 大気汚染が激化した四日市港の視界は300m。大小さまざまな船が行きかう日本有数の貿易港で、光化学スモッグのために大きな船影がかすんでいる。そして、漁のできなくなった海に垂れ流される毒々しいオレンジ色の廃水。どこから汲んできたものかは語られないが、汚れた水を入れた水槽に入れられたウナギが、その長い体を激しくくねらせてのたうち回る。別の魚は水面でぱくぱくと口を開け、そしてそのまま沈んで動かなくなった。生き物は死に絶え、船も腐食し朽ちていく死の海。思い出しながら書いていても動悸がする。そのくらい衝撃的な映像だった。四日市の空と海は死んだのだ。そして、人も。

 30年以上前の映像は、荒い画質だがそれ故にか妙に生々しい。語り口は淡々としていても、映像の作り方に、この現実を伝えようとする冷静ながら熱い視線が感じられる。15年前の「灰色の空は消えても」の映像は小綺麗だけど、住民側と行政側との間で中立であろうとする客観性はそれはそれで正しいのだろうが、でもそれと引き換えに、どこか距離を置いているように感じられなくもない。でもそれは、その間に流れた時間がそのまま映されているのだろう。記録映像とはそういうものだ。

 昭和47年の四日市公害裁判から来年で35年になる。是非今を追う番組を放送して欲しい。四日市で死んだのは空と海、人、そして土。今も公害は続いている。

かんきょう 四日市・公害資料館 四日市市公式
四日市再生「公害市民塾」
 加藤寛嗣・元四日市市長が三菱油化出身だとは知らなかった。公害資料館の件で四日市だけがどうも行政が後手に回っている感じがするのは、他の3つが単独企業が相手であるのに対し、四日市は「コンビナート」が相手だからなのか?
西村肇「冒険する頭」
 四日市の海に関しての「今出来ないことは将来もできない」との言葉が印象的。全文公開されているので通読してみたい。
四日市ぜんそく - Wikipedia
 「脱硫対策が実現した背景には、硫黄が鉱山で採掘するよりも安価で手に入るという事情があった」 さもありなん。
四日市市 - Wikipedia 余談ながら「三泗地区」の由来を初めて知った。四日市の水は豊富な伏流水を取水しているのでなかなか美味しい。郊外はほんとのんびりして良い田舎です。そんな実家の近所にも産廃問題があるんだけど。

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