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2006.06.09

ゼーガペイン#10「また、夏が来る」

 先週の予告が素晴らしかったゼーガペイン#10「また、夏が来る」。他の作品ならともかく、ゼーガペインでこの題名は実に不吉。


 なななななななんじゃこりゃー!!!
 見終わった途端速攻で見直してしまいましたが。見直した方が不覚にも涙腺緩んでしまったんですが。世界が終わるまでに何回泣かせる気ですか。うわぁぁぁん。ということで今回は可能であれば見直してみてください。更に泣けます。

 本編然り、挿入歌(というか今回のED)の「and you」然り。その儚さの向こうに透けて見えるものとの二重露出が、切なさを際立たせてるんですね。以前この曲で最終話~とか書いたものですが、ここで「and you」は殆ど反則級。#10のED+今後の展開の暗示+直近の#11の予告(歌詞が被って泣ける)だもんなぁ……。

 ROCKY CHACK WEB: and youによると「and you」の録音は4/9だったそうですけど、今回の絵は完全に「and you」に合わせた作画ですね。いやもうほんと名曲「リトルグッバイ」もですが、どんぴしゃな歌をありがとうですよ(i_i)>ROCKY CHACK

#てことは新居昭乃「Aquarium on the Moon」もどこかで使われるのかしらん?

 何か#06「幻体」とはまた違った意味でぼーぜんとしてるんですが……例のOP/EDのCDジャケットのアレがあるから、リョーコはずーっと舞浜に居るんだと思い込んでて、今後キョウに何があったとしても、リョーコはずーっとキョウの観測者であり続けて欲しいとかって願望が育ってしまっていたものだから……ぅぁぅぁ……でもでもキョウちゃんはさすがに主役だった! とても強い主人公だった!! 『大丈夫だ、オレがついてる』って!!! (T_T)

 その強さで未来を変えてくれ、キョウ。

 それにしてもたまんないなぁ、リョーコの心中を描き出したようなあの空一面の花火の下のキョウとリョーコの絶妙な距離。リョーコの方から手を触れようとするのがまた良いんだよなぁ(^^* GXのティファとガロードを思い出すぜこんちくしょう。このあたりのウレシハズカシに比べると、Ζのファって積極的で強かだよね(^^; ←多分それはカミーユの方に問題が

 ……って書いてたら後ろからどんどん遡って行ってしまったので、以下は冒頭から仕切り直し。

 夏休み前の映研部室。トミガイは相変わらず世界の核心を突く言葉を口にする。女の子なんだからしゃがむのに足は開くなよミズキ。彼女が出してきた映研部員の作品が転がり落ち、世界にノイズが走る。リョーコが手にしたのは 「世界の終わりの一日 15期生 河能亨」 ──3年生のはずだがリョーコには心当たりがない。

 久しぶりに気持ち良さそうにキョウが泳いでいるプールサイド。リョーコはまだ機嫌を損ねたまま、でもやっぱりキョウのことを良く見てるのが可愛い。例の映画にハヤセに出てもらおうとリョーコたちが待っていると、カワグチを引きずってウシオが現れる。ミズキの余計な一言でカワグチは去るが、ハヤセは来ない。ウシオによると、ハヤセの付き合っている3年生の彼女は、高校に入ってから一度も会えないという。キョウの疑念をシズノが先回りする。そしてリョーコに、河能亨は病気で二学期には出てくるのではと応えるシズノ。でも二学期は来ないだろうから河能亨は出てくるはずはないよなぁ、と思っていたら。

 夕陽の生徒会室でキョウ(と視聴者)の問いに答える面々。問題の二人は戦死したセレブラント……事故死、転校や、居るけど会えない人だと「世界が判断する」──この「世界」の主体って舞浜サーバーだよなぁ。セレブラントとは世界の歪みを引き受けるもの(シズノ)、世界の矛盾を解消する調整者として選ばれるもの(クロシオ)、その役割には現実世界を取り戻す戦いも含まれる(シマ)──と、とりあえずの説明があったものの、その目覚めは世界の矛盾に気付く以外にどう引き起こされるのかはよく分からないって何だそりゃ。キョウの場合はリブートだから、シズノが恣意的に近づいたのだけれど、リョーコの場合は……。

 で、シズノやルーシェンの言い方からすると、キョウもこの二人を知っていてもおかしくなさそうなのに、例によって記憶をなくしてるのか。

 「舞浜サーバーに入る直前、河能亨は現実の舞浜をカメラに収めています」 ──文字通り「世界の終わりの一日」の光景。舞浜サーバーに入る前。まだ彼に肉体があった頃。舞浜の空が青く輝き、運河が夕陽に染まっていた頃。まだ世界が美しかった頃。それが何時の頃なのか分からない。ただ一つ確かなことは、そこには既にもう誰も居ない、そしてその後ずっと、過去完了進行形で誰も居ないこと。見返して改めて背筋がぞっとした光景でした(無音なのがまた恐い)。サーバーへの「避難」の前にこういう一日があったのがどうにも意外。気になるのはあの歪んだ虹と回っている観覧車ですが。

 河能亨に触発されて「本物」を確かめるべくロケハンに出るリョーコ。南舞浜駅が京葉線(風)だったのに続き、今度は千葉都市モノレール(風)で千葉駅前(風)に出て……って、舞浜市って現在の千葉市まで侵略してたのかーというのじゃなくて、どうも一駅乗って舞浜市中心に出ただけって感じですね。「南舞浜駅前→」みたいな看板あったし(「地下鉄」は東西線か? 西船橋までなんだけどなぁ)。このまま千葉県PRビデオ作っちゃえ(^^
 →舞浜サーバー寄ってきました(ウソ)

 ファインダーを通してリョーコに見えた廃墟。実際の廃墟の地下に埋設されている舞浜サーバーの中の作り物の街と、現実の廃墟が重なって見えるというのは、いくら「ウソをつけない」リョーコのファインダーでも出来すぎなので、これは「誰かの記憶」がリョーコに見せたものなのだろう。といったら該当者は……

 リョーコが「本物の世界」に気付きかけているのは、シズノが舞浜に来たからだけじゃなくて、キョウが知らず知らずのうちにリョーコを巻き込んじゃってるんだろうなぁ。前回、幻体の死というものを知ったキョウがそれに連なる答えを求めた結果、河能亨の存在を引き当てたという風にも読めるし。←いやだって主人公だから

 にしてもあのリョーコのシナリオ「虹の記憶」はヤバいんですが。転送エラーで記憶をなくした少年の目がまたえらく綺麗で。(彼女の居ない)未来の世界に帰ってきて壊れた貝殻を耳に……ってのがもう最高にヤバいんですが。こういうメタっていうのもありなんですか。リョーコがどういう状態にあるかキョウは知っていて、そのリョーコが書き直したシナリオの内容がまるでフィクションだとも言い切れなくて(「悲しい終わり方だなぁ」と同調してるのが良い)、でもその主役をやってやるよ、と明るく切り返せるっていうのがキョウちゃん凄すぎです。エイトロンみたいに、状況はともかく主人公のおかげで救われてる爽やかな終幕という物語もあるんで、ゼーガペインの主人公がキョウである限り、どんなオチが来たって恐くないぞ。恐くな……

 そしてシズノ先輩が毎度ながらやたらえろいんですが(特にED)。4:3だと画面切れてるんですが団扇は「MY浜」? そして自分が可愛いって知ってるトミガイ。凄みのある3人組。めんこいぞキョウとリョーコ。佐村義一さん(多分)のキョウはちょっとやんきーぽいっつーか肩の力抜けてて独特の味がありますね。本編に戻って、ハヤセに振られて涙溜めてるミズキを見守ってるウシオが良いね。ここの台詞無音なのもだけど、今回は殊、敢えて描かない演出が効果的でした。でも16:9でないと見えないカットは辛いですよ。 ……で、祭りの後には鬱が来るというのは舞-HiMEで経験済みなんだけど……ぁぅ。

●今回のタイトル
 また、夏が来る=夏休みに入る=「今とここしかない」世界の終わりが近づくこと、なのか。
 物語の始まり(初夏)が既に夏だという認識をしていたので、ループかと思っちゃったんですが、それは読みすぎでしたね。

 あと今回やっと気付いたのが、クラゲとおミズって白衣揃い。「毎年繰り返し」でえっ? と思ったんだけど、#05「デジャビュ」での前例があるからなぁこの先生方。で、懸念のループ/リセットは来なかったんだけど、このままリセットしたらリョーコは世界の真実を知らないままで居られるんだろうか……「虹の記憶」のシナリオ(原稿用紙に手書きが意外だった)も消えちゃうんだろうか。うわぁん。

●「我々は夢と同じもので出来ている」
 シェイクスピアだとトミガイが言うのに、リョーコは「真夏の夜の夢とか?」と聞き返すが、正しくはテンペストの一節。

The Complete Works of William Shakespeare : The Tempest : Act 4, Scene 1

We are such stuff
As dreams are made on, and our little life
Is rounded with a sleep.

 この儚い生の仕上げとなるのは眠りなのだ。という後半まで読むと深いなぁ……。
 「或いはどちらも幻だったり」といい、トミガイは何を知ってるんだ。

●河能亨「世界の終わりの一日」

そして世界は 終わりの日を迎えた
ぼくらは明日、夢の存在になる
記録することに何の意味なんて ない
それでも僕は世界を記録する
世界が終わる 瞬間まで ────

 よく見ると予告ナレにあった「本物」の語句が抜けている。
 河能亨が描こうとした「世界」に触発されて、リョーコが描きたいと思ったのが「虹の記憶」。それもまた、彼女に見えかけている「本物の世界」なのだけれど……

●シズノの舞浜への干渉とリョーコへの影響に関する一考察
 察するに、以前のキョウは現実の有様を受け入れてしまっていたから、シズノと生死を共にすることが彼にとっての現実であって、だからシズノとはパートナーとして──或いはそれ以上の──関係を築いていた。そんなシズノは揺りかごの舞浜には必要なく、舞浜に要るのは守るべき存在の象徴としてのリョーコ。キョウがリョーコを大切に思っているのは変わりなくても、大事だからこそ、世界の真実とは違うところで幸せで居て欲しいと突き放していたのかもしれない(ありがち)。

 しかし全てを背負い込んで自滅したキョウがリブートして、彼を目覚めさせるためにシズノは舞浜にやってきた。シズノの干渉でキョウは現実を受け止めていくが、その過程でキョウのためにシズノがリョーコを利用したこともあり、リョーコの存在がキョウにとっての現実のキーとなってしまった。以前は現実=シズノ、舞浜=リョーコとうまい具合に分けていたのだろうに、リブート後はキョウとリョーコの結びつきが強くなってしまったのだ(何か凄く都合の良い解釈だなぁ)。シズノは、キョウがリョーコをどう思っているか、そして自分がキョウをどう思っているか分かっているから、夏祭りで一人身を引いたのだ。──これがシズノなんだよなぁ。ていうか、リブート前のキョウがどうやって目覚めたのかが凄く気になるんですけど~じたばた。

●津村さち子からハヤセへのメールの日付は「07/15 14:55」
 データ大破してて「居るのに会えない」設定だからメールは来る。却って辛くない?
 携帯の画面からすると、ハヤセとキョウは色違い同機種?
 で、彼女が居るから愛の告白の方が簡単だって言えるんだねハヤセっち。

●今回の撃墜数……なし。
 今回は戦闘なかったんだけど、緊張感と切なさがてんこ盛りで30分あっという間でした。次回は今回の分まで戦闘あると思うんで、期待してますよー。やっぱタイトルになってる主役メカが出てこないのは寂しいので。←アルジェントソーマでもフランク and/or ザルクが動かない話なんて何回もあったけど。
 お面にゼーガが紛れとらんかしらと思ったら、全然違う仕掛けが。そーかあの忍者キャプターもどきはそーゆーことだったのか(^^ WEB TOON BULLETS!参照のこと。

 その期待の次回#11「残るまぼろし」放映日、6/15は千葉県民の日です。 さすが千葉県民推奨アニメ!(ナニソレ)

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カミラボ:ゼーガペイン キョウとリョーコの浴衣話「side-by-side」up。
トラックバック・ピープル:ゼーガペイン

B000FG6AS0ゼーガペイン1
矢立肇 伊東岳彦 下田正美
バンダイビジュアル 2006-07-28

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