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2006.08.07

61回目の原爆忌

 今年も広島には8月6日がやってきて、長崎には8月9日がやってくる。広島で「氏名不詳者多数」との名簿が初めて納められたという今年は、日米を絡めた報道が目に付くような感もある。被爆の苦しみは経験したものにしか分からない。しかしその痛みに思いを馳せることは出来る。そこに国籍も年齢も関係はなく。──そして、忌避すべきは核兵器に留まらない。

asahi.com:61回目の「原爆の日」- マイタウン広島
 今年の「こども代表」に選ばれたのは、日米の両国籍を持つ少女。

14歳の米映画監督ヒロシマを撮る(中国新聞)
 東京平和映画祭でも上映された「魔法のランプのジニー」を撮ったのはアメリカの少年。

asahi.com:なぜ原爆は2度落とされたのか 「二重被爆」国連で上映 - 社会
asahi.com :二重被爆が示すむごさ 広島と長崎(8/6付け朝日新聞社説)
 広島と長崎の双方で被爆した人達がいる。何故二度も、惨い地獄が作られたのか。

米の核実験博物館で異例の原爆展 (TBS News-i:動画あり)

 そもそもこの博物館は、核兵器がアメリカの発展と世界の平和にいかに貢献したかと、その開発の歴史が誇らしげに紹介されている場所です。
 また、アメリカでの原爆展をめぐっては、95年、スミソニアン航空宇宙博物館が開催を計画したものの、退役軍人らの反発で中止に追い込まれた経緯がありましたが、今回は問題もなく開催に至ったということです。
 「(核超大国のアメリカに)主導権を持って核廃絶へ行動を起こしてもらいたい。アメリカ市民の方々の良心に訴えたい」(長崎で被爆した 丸田和男さん)

 11年前にスミソニアンで出来なかった展示が、あの核実験博物館で出来るようになったということに、米国の良心を見る。この経緯には、粘り強い市民活動の成果だけでなく、今アメリカがやっている戦争に対して疑問を持つ米国市民がいることも関わっているのだろうか。自分達は本当に、正しいのだろうかと。

Nスペ「原爆投下・10秒の衝撃」と核実験博物館

NHKアーカイブス:平和アーカイブス 2006/08/06放送分

●NHK特集「爆撃機ローンサム・レディ号 ~広島原爆秘話~」1978/10/29放送
 呉を爆撃に来て撃墜された米軍のB-24の乗組員が捕虜として広島に送られ被爆して死亡したことから、乗組員とその遺族をアメリカに訪ねたもの。広島で被爆した米兵捕虜の話は他にもあるが、この番組では、取材に応じて初めて、肉親が味方の兵器である原爆で殺されたことを知ったという遺族も居たのだという。広大な国土に散らばる関係者を訪ねる長い旅に、もう一つのヒロシマを見たという取材クルーの言葉が印象的。肉親を奪われる悲しみは同じなのだ。選曲が意外な感じだなと思っていたら、音楽は三枝成彰氏。

●ドキュメンタリー「坂道の家」1973/08/17放送
 自分は失明しながらも、被爆者健康手帳を申請する人達の手伝いをする人が居る。自分が被爆したと証明してくれる人がいないとなると、時間刻みで克明に当時の状況を報告しなければならない。しかしあの混乱の中、そして被爆から28年も経って、記憶は定かではない。被爆者健康手帳の入手の困難さがつづられる。
 この番組から更に33年が過ぎて、広島地裁では原爆症認定の集団訴訟で全員が勝訴するも国は控訴の方針だという。

 8/9のNHK長崎の番組。

彼は生きた~小頭症被害者・47年の生涯~  8/9(水)2200~2245

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