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2006.08.08

Nスペ「硫黄島 玉砕戦」

 8/7放送のNHKスペシャル、硫黄島 玉砕戦 ~生還者 61年目の証言~。再放送は8/24(木)2600~2649。

 本気で涙が溢れてきた。未見の方は再放送で是非。

 「玉砕」というのはその絶望的な状況を美化する言葉にすぎない。地獄と言う言葉すら綺麗にまとめてしまうものにしかならないと思える、言葉に尽くせぬ惨状。自分達だけが生き残ってしまったと、61年目に口を開いてくれた硫黄島の元兵士達の言葉は、心を深くえぐり切り刻む。

 飲料水もない硫黄島は、全島に手掘りの地下壕が張り巡らされ要塞化された。2万の日本兵が、南方から攻め来る米軍をここで迎え撃ち、本土への進攻を阻止しようというのである。だが圧倒的な米軍の前に日本軍は追い詰められ、援軍や補給も絶たれて見捨てられ、無謀でしかない持久戦が続く。投降を呼びかける米軍、それに応じて壕を出た兵士を背中から撃つ上官。食糧不足で口減らしにと、竹やりと手榴弾だけを持たされて壕を出される者も居たが、「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓に縛られ、飢えと怪我とまともな武装もない中で、投降も自決もできない壕の中の日本兵達。理性を失っていくのは日本兵だけではない。米軍もまた、投降の説得を諦め、壕の入口を爆破して中の日本兵を生き埋めにし、ガソリンを浮かべた海水を壕に流し込み火を放つ。2万人を数えたはずの日本兵が、生きて捕虜になったのは数十人。今もまだ、1万を遥かに越える数の遺骨が収集されずに残っているという。米軍の死傷者も多く、硫黄島の激戦の後、米軍は空軍力を増強し、日本本土の焦土作戦を進めていく。

 この一方的に惨い殺戮を戦争というのか。米兵は、責任は投降を潔しとしない教育をした日本の上層部にあると言う。米兵も日本兵も、思い返せばおぞましい限りだが、当時は特に何も感じなかったと言う。人間ではなく畜生だったとも。それは狂気としか思えない、だが、61年を経て口を開いてくれた人達の口振りは、時に厳しく険しいが総じて淡々としている。最近のことなどすぐに忘れるようになった、でもあの戦争のことは忘れないと。多感な時期にこの世の地獄を見てしまった人の心の傷は決して癒されることはないのだろう。口にするのも恐ろしいことを語ってくれて、取材クルーが去るのにずっと手を振って見送る人達の顔はあんなにも穏やかで、優しいのだ。そんな人達から人間性を奪い去ったものは何だというのか。

 ──ただ、この硫黄島の持久戦が、日本本土への爆撃を遅らせた意味を持つという意見もある(硫黄島探訪)。今回のNスペで「彼らの死に意味はあったのか」と涙ながらに話してくれた人がいたが、その意味では、あるとも言えるのだろう。日本兵としての彼らは、ただ殺されたのではないのだと。それにしても……


 聊かの苦言。Nスペ「東京大空襲 60年目の被災地図」でも思ったのだけれど、こういうことを語ってくれる人に対してよくもそういうことを言えるな、と思える取材クルーの言葉が気になる。自らの傷を晒して取材に応じてくれる人をもっと大切にして欲しい。


 その他、今年のNHKの戦争特集。

Nスペ:満蒙開拓団はこうして送られた~眠っていた関東軍将校の資料~ 8/11(金)2200~2249(再放送: 8/24(木)2510~2559)
Nスペ:日中戦争~なぜ戦争は拡大したのか~(仮) 8/13(日)2100~2214
Nスペ:日中は歴史にどう向きあえばいいのか(仮) 8/14(月)2200~2319
Nスペ:調査報告・劣化ウラン弾~米軍関係者の告発~ 8/6放送済み・再放送: 8/23(水)2510~2359

Nスペ「僕らは玉砕しなかった」 こちらは昨年のサイパン編。

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コメント

 ビデオに録画したのですがタイムシフト用のテープだったので前半を消してしまいました(爆)。それでもまあ半分強残ったので内容は把握できましたが。

 ところで「彼らの死に意味はあったのか」ですが、亡くなった方や関係者の方々にはむごい言い方ですが、「意味はない」ことが「意味がある」と思います。つまり、戦争に「意味」を持たせると戦争が正当化されてしまいますね。「全くの無駄死に」だからこそ「戦争はいけない」と言う言葉に説得力が出ると思います。

投稿: Y/N | 2006.08.20 18:10

>Y/Nさん
 冒頭に書きましたが再放送がありますので、よろしければ前半もどうぞ。

 自分も「無意味な死だからこその意味」の方を重視する立場です。今回の番組もそういう方向でまとめられていたものですが、その一方には「意味はあった」とする見方があることも知っておいて良いとも思うのです。

 ただ、戦地で「お国のために」死んだ人々(戦闘要員)と、銃後で「お国のために」課せられた義務を果たして死んだ人々(非戦闘要員)とは区別されているのが現状です。そしてあの戦争で死んだのは日本人300万人だけではない。それらの死に何の違いがあるのかと思うのです。とは申せ、ここまで書くといささか発散してしまうので、「それにしても……」と書くに留めた次第です。

投稿: しののめ | 2006.08.20 23:18

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