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2006.11.04

ゼーガペイン ドラマCDまだつづき

 ゼーガペインドラマCD「OUR LAST DAYS」。4本目の今回も「世界の終わりの一日」こと、ep3「our last days」の考察編。公式にどうかは例によって分からないので、あくまで一説として。聴いてない人はとにかく聴いてからどうぞ。1本目の感想はこちら。

●キョウが自分をバカだと言う理由
「カワグチが、千葉と東京じゃカルキの匂いが違うっつうから……まぁ、同じだったけど」

 キョウちゃんは頭で考えるんじゃなくて、体で確かめなきゃ気がすまないのね。
 だから自分のことをバカだと言うんだ。
 でもそんなキョウちゃんは決してバカじゃないよ。
 それこそ頭だけで考えてるバカが、人殺しの兵器とか作るんだから。
 それが分かっているキョウちゃんだからこそ、上腕二頭筋でナーガを吹っ飛ばせたんだ。

 駄菓子菓子、#09「ウェットダメージ」でリョーコに思いっきり平手打ちされてたキョウちゃんはある意味確かにバカだわさ(^^; つか、女心に鈍いのはリョーコだけでなくシズノ先輩に対しての罪も重いけどなー。ただ見事なシズノスルーは、仕方ないことなんだけど。ほんとep1での前バージョンのキョウとの落差が凄い。


●河能亨と「世界の終わりの一日」
 彼の父親が政府の要人で、生存者を一人でも多く舞浜サーバーに保存してくれとホットラインで連絡を取ってきた、というのがクラシゲの説明。

 その父親は息子にも当然連絡を入れているはずだ。──舞浜は隔離された。お前もいずれオルムウイルスに感染し、生き延びることはできない。だが舞浜サーバーに入ることは出来ると。リョーコが夕方以降に、舞浜に連絡をしようにも携帯も通じないという話をしていることから、隔離された舞浜への一般の通信も遮断されたようで、河能父子の会話も多分その一度きりで終わってしまったのだろう。電話の向こうとこちらとで、父子の生死が分かれてしまった、8月31日。その日、世界は終わりの日を迎えた。

「あの日それを知っていたら、オレはどんな最後の一日を過ごしたろうか」

 後にそう述懐するソゴル・キョウは知らなかったが、河能亨はそれを知っていた数少ない人物だ。舞浜南高校の映研部員である彼は、「世界の終わりの一日」を撮影するべく舞浜の街に出掛けていく。運河の向こうでは何事もなく観覧車が回り続けているのに、舞浜は真昼なのに無人の街。恐らくはオルムウイルスの感染拡大が始まり隔離が決まった段階で、サーバーへの収容準備が出来るまでの間、外出禁止令が出ているのだろう。だが歪んだ虹の出た空の下で、オルムウイルスは確実に人を蝕み、昏睡という名の死への道へと誘っていく。

 彼の撮影した映像で一番遅い時間帯のものと思われるのが、夕焼けに染まる駅前の風景だ。それはキョウとリョーコが新東京タワーに登って、来ないとは知らない明日について語りあっていた頃だろう。だが河能亨は夕暮れの駅前で撮影を止め、映像に言葉を織り込んで編集し、そのディスクを携えて避難所となった舞浜南高校へ向かったものと思われる。彼と同じように避難所へ向かおうとする人の波の中、あちこちで力尽きて倒れていく人々が居たのだろう。舞浜に戻ったキョウとリョーコが見たのはそうした人々の姿なのか。

 舞浜南高校の体育館に辿り付けたのは最終的に600人余。病状が急激に進行し昏睡状態に陥る中で、自分がこれから幻体となることを知っていた人はどのくらい居たのだろうか。キョウに対するクラシゲの説明からも想像できるが、市民の混乱を避け、一人でも多くの生存者をサーバーに保存しようとするのなら、避難とは実は量子データ化であるとは知らされていないのだろう。オルムウイルスによって陥った夢の中で、そのまま「夢の存在」となる人々。だが河能亨はそれを知っていた。彼と彼が携えたディスクはスキャンされて量子データとなり、舞浜サーバーに保存された。

 やがて無人となった舞浜の街に、河能亨の父親が帰って来るかも知れない。かつて息子であったデータを保存した舞浜サーバーを目にして、サーバーへの保存命令を出した父親は何を思うだろうか。そして海外に居たと思しきキョウの父、行方のつかめないキョウの母と妹、リョーコの両親。彼らは突然姿を消した家族の消息を掴むべく手を尽くしつつも、政府の情報統制の前になすすべもないのだろうか。全ては永遠とも思える沈黙の中に消えていく。

 河能亨が舞浜サーバーの中で目覚めたとき、彼にその日の記憶がなかったとしても、その日の記録が彼の手元にはある。「記録することに何の意味なんて ない」──彼はそんな言葉を織り込んだが、意味は確かにあったのだ。その映像の意味を思い出したとき、彼の目に世界はどう映ったのだろうか。そして人々を幻体に変えてしまう量子転送台の稼動スイッチを押さなくてはならなかったキョウが、その日のことを思い出してしまったとき、彼の目の前の世界には何があったのだろうか。

「河能亨。第一次オスカー攻略戦にて死亡」

 河能亨のその後は、ルーシェンが「良い戦士だった」と語る他は、この一言でしか語られていない。夢の存在を守るために、本物の世界で死んでしまった彼。彼の世界が終わると知らずに迎えたであろうその日を、彼はどんな風に過ごしたのだろう。彼の存在は消えてしまったが、彼の残した記録は、あの日最後に倒れた少女に受け継がれた。


 舞浜という世界が終わったその光景は、「ヨコハマ買い出し紀行」での表現を借りれば、「またいくつかの街の灯が消えてしまった」というものだろうか。ヨコハマとゼーガとではその終末観が全然違うものだけど、いつの間にか街が消えているという恐ろしさは不思議と通じたような気がする。ヨコハマは終盤で一風変わった加速/減速感が味わえるので、「何故普通の時間から取り残されていくんだろう」というようなSF的な風景がお好きな方は是非。

【追記】
 11/04付け朝日新聞be2面にて、03年初めにSARSが襲った香港について「街から人の姿が消えた」の記述。その後も鳥インフルエンザだとかこの種の話題は続いているのに、自分の身の回りに来ないと実感できないのだなぁと。いえ出来れば実感は勘弁、と成田空港を抱える千葉県民としては思うのでした。

ゼーガペイン「OUR LAST DAYS」ゼーガペイン ドラマCDつづき(ep1・2)/ゼーガペイン ドラマCDつづき(ep3)

カミラボ:ゼーガペイン
トラックバック・ピープル:ゼーガペイン

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ドラマ
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4063211762ヨコハマ買い出し紀行 (14)
芦奈野 ひとし
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