9.11──あれから6年
今日が誕生日の友人にメールを送ろうとして、日付を改めて見る。さすがに6年も経つとあの日の記憶も薄らぐのか、その日が来ることを告げる事前の報道は少なくなってきているように思う。毎年の儀式のように、アフガニスタンからの手紙を読み直す。このメールを読んだときの震えが甦る。
■asahi.com:9・11テロから6年 NYの追悼式で犠牲者に黙祷 - 国際
あの9月11日も、同じ火曜日だった。国際テロ組織アルカイダのメンバーらがハイジャック機で米国中枢部を攻撃した米同時多発テロから、11日で6年がたった。標的となったニューヨークの世界貿易センタービル跡地近くで催された追悼式では、北棟に航空機が突入した午前8時46分(日本時間午後9時46分)、犠牲者への黙祷(もくとう)が始まった。
跡地では再開発ビルの建設が始まり、記憶は上書きされていく。2750人とされるこのテロでの犠牲者よりも、その後の「テロとの戦争」での犠牲者の方が数は多いのだろう。調べてみるとこんな数字が出てきた。尤もここに数えられているのは米国人だけで、巻き込まれて殺された現地の人々の数は入っていない。
イラクにおける米軍の死傷者数を定期的に数えてきたTBRニュースによると、昨年10月23日、イラクにおける米兵の死亡数は1万5000人を超え、負傷者は2万7000人を超えたという。(米軍の公式発表では同日までに2790人とされた。)
以下の記事を読むと、何とも痛ましい。ビザを発給されなかったイラクの少年がアメリカの言う「自由」を信じられる日などくるのだろうか。
■asahi.com:親を亡くした子らの思い、グラウンド・ゼロで交流 - 国際
米同時多発テロから6年がたった今年、このテロや災害などで親を亡くした子たちが、ニューヨークに集った。イラクの少年も参加する予定だったが、米国の許可が下りずに断念した。「家族を失った悲しみに、国の壁はないはず」。まだ実現していない平和な世界に向け、希望を持ち続けることを誓った。
テロ特措法延長に職を賭すと安部首相は言う。イラクの米軍も削減方向に来ているのだから、もう手を貸さないとしてアメリカに頭を冷やすよう促すのも、国際貢献ではないかと思うのだけれど。世論が賛成・反対・どちらとも言えないで三分されているのは、テロ特措法を延長することの意味が国民に浸透していないからではないのだろうか。
9.11関連で、現在再放送中の犯罪捜査官ネイビーファイル8(JAG)に、#177「明日のために」(Second Acts)というエピソードもあり。フィクションなのだけれど、だからこそ透けて見えてくる傷もあるのだと思う。
何故テロや戦争などといったもので、かけがえのない命が毎日のように奪われなくてはならないのだろう。誰がそんなものを望んでいるというのだろう。交通事故に巻き込まれて突然友人が亡くなってから明日で丁度一ヶ月。そのたった一人の死でさえ、自分には重過ぎるのに。今はただ、静かに手を合わせて祈りたい。
■9.11―あれから2年
■9.11―あれから3年
■9.11―あれから3年・2
■9.11―あれから4年。
■9.11──あれから5年
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