« ゼーガペイン『忘却の女王』2周年 | トップページ | ゼーガ:テレ東リクエスト作戦(7/7) »

2011.06.23

沖縄慰霊の日

 66年目の慰霊の日。今年は梅雨入りも梅雨明けも早かった彼の地は最早夏。今朝の天声人語にはこんな逸話が紹介されていた。

天声人語 2011.6.23(朝日新聞)

かつて「武器のない島」だった沖縄が、あのナポレオンを驚かせたという話がある。19世紀の初めに英軍艦が琉球諸島の周辺を航海した。帰途、セントヘレナ島へ寄港し、流刑の身の元皇帝に艦長が会ったという▼沖縄には武器がないという話を、ナポレオンは理解できなかったそうだ。「武器がなくてどうやって戦争をするのだ」「いえ、戦争というものを知らないのです」「太陽の下、そんな民族があろうはずがない」──岩波書店刊の『一月一話』という本に紹介されている▼だが、その島は明治以降に変貌する。

 その変貌の結果が66年前の沖縄戦であり、今日の姿だ。

 普天間基地移設はなしくずしに辺野古案しかなかったように進められようとするが、彼の地ではそうは受け入れられるはずがない。

 しかもここへきてあのオスプレイ配備の話が。

オスプレイ配備前提 日本政府、普天間滑走路延長応じる(asahi.com)

 日本政府が米軍の普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の代替施設(同県名護市辺野古)への新型輸送機オスプレイ(MV22)配備の受け入れを前提に、代替施設の滑走路の延長に応じていたことが明らかになった。

オスプレイ配備反対を決議 普天間の沖縄・宜野湾市議会(asahi.com)

 決議では、「普天間飛行場は2004年の沖縄国際大への米軍ヘリ墜落事故を始め幾多の事故を起こし、(常駐でない)外来機の飛来が頻発し騒音も増大するなど、市民は我慢の限度を超えている」と強調。

 普通のヘリでも民間地に落ちる沖縄にオスプレイなんて持ってこられてはたまらない。米軍としては狭い沖縄だからこそオスプレイを使いたいのだろうけれど。これでは基地の固定化でしかない。

 ←オスプレイが来るらしい(2006.05.19)


 3.11のトモダチ作戦は、有事に備えて訓練する米軍が日本に居たからこそあれだけの働きをしてくれた。その現実は認めるし、感謝もしている。そしてこんな現実もある。

津波・・・基地へ避難の協定-マイタウン沖縄(asahi.com)

 在沖米軍が、沖縄県内で基地を抱える市町村について、津波などの際に基地内へ住民を避難させるための事前協定を結ぶ意向があるかどうかを、県に照会していることが15日、わかった。県も協定締結に向けた支援を開始。沖縄本島の面積の約2割を占める米軍基地の「緊急避難所」化に向けた動きが出てきた。


 3.11があまりに大きすぎてかすみがちだが、祈りの夏の始まりを告げる新聞記事やNスペは今年も。

NHKスペシャル|昔 父は日本人を殺した ~ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦~
 再放送:7/28日(木)00:15-01:04(27日深夜)

 沖縄戦を戦った父を死ぬまで苦しめたものの正体を知りたい。そう求める息子の粘り強さが、父と共に戦った米兵と、彼らと対峙した日本兵の証言を引き出した。米兵も日本兵も共に十代。どちらもよくぞ当時のことを語ってくれたものだと思う。今だからこそ語れた言葉はどちらも重い。何かがおかしい。抜け殻になった。それは家族を持ち幸せに暮らすべき人の一面を語る言葉。

 日本兵はライフルさえ持っていなかった。ナイフをくくりつけた棒切れで夜中に切り込んできた。追う側も追われる側も極限状態だ。アメリカを遠く離れて沖縄に来た米兵がハイティーンなら、日本兵は今なら中学生や高校生。米兵だってアメリカに居る母が恋しかったろう、なのに彼が手に掛けた日本兵は、まだ幼い顔の少年だったのだ。

 米兵が殺される前に日本兵を殺さなくてはならなかったのには、軍人と民間人が一緒に逃走した沖縄戦ならではの事情もあったのだろう。だが追われた側にしてみれば米軍の無差別な殺戮の理不尽さは今も恨みつらみとして残ってしまう。

 その傷を抱えながら生き延びて、「戦争はしてはいけない、過去から学ばなくてはならない」と語る人の前には66年間ずっと戦争をし続ける米軍が居座っている。戦争はやめてくれと叫ぶ声を、毎日のように爆音が掻き消す。そうして飛んでいく機体の向かう先が戦場だったりもする。こんな現実があっていいのか。


 少し前の朝日夕刊でも、神風特攻隊の攻撃で沈んだ米軍の艦の連載があって、生き延びた米兵が沖縄に移り住んで漁師をしながら海の底の艦や飛行機を調べているとか。B29が撃墜され捕虜になって東京大空襲を経験した米兵の方が先日亡くなられて「戦争には勝者も敗者もない」という話もあって。

B29撃墜捕虜のハロラン氏死去 日本の研究家らと交流 - 47NEWS
B29の元搭乗員、ハロランさん死去 各紙からの引用で構成された記事

 JAGの硫黄島の話(ネイビーファイル#172「戦場の天使たち」)も印象的だったが、とかく日本は(都市部の空襲や原爆での民間人の被害を中心に)被害者意識で戦争を語りがちだけれど、前線では加害者と被害者とは瞬時に入れ替わり重なり合う。日本は66年間戦争をしていないから、人を殺す立場に追い込まれる恐ろしさも学ばないと。それはかつて日本人も経験したものだ。

 人が死ぬから戦争は嫌だ。そう言うのは簡単だ。殺されるのも嫌だけれど、殺さなくてはならないのも嫌だ。十代が十代を殺しあった沖縄戦で「殺さなくてはならない」立場に追い込まれたのは兵士だけではなかった。


 やや余談ながら;

瀬戸内寂聴さん“被災者への思い”│NHKニュースウオッチ9 ピックアップ

 6/13のNW9。東日本大震災の被災地を訪れた瀬戸内寂聴氏に、寂聴氏が書いた戦争の本はあるかと尋ねた少女が居た。震災がこれだけ大変だから、戦争だって大変だったのだろうと。戦争を知ろうとする、寄り添おうとする人が居て、伝えようとする人が居る。ありがたいものだと思う。


 以下は最近印象的だったブックマーク。

「沖縄の島守」を読み歩く
沖縄意見広告運動(第二期)

■沖縄慰霊の日 過去記事
 2004年 / 2005年 / 2006年 / 2007年 / 2008年 / 2009年 / 2010年

沖縄戦関係資料閲覧室

4122047145沖縄の島守―内務官僚かく戦えり (中公文庫 (た73-1))
田村 洋三
中央公論新社 2006-07

by G-Tools
4122018331失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
戸部 良一 寺本 義也 鎌田 伸一 杉之尾 孝生 村井 友秀 野中 郁次郎
中央公論社 1991-08

by G-Tools

|

« ゼーガペイン『忘却の女王』2周年 | トップページ | ゼーガ:テレ東リクエスト作戦(7/7) »

戦争を考える」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4985/52024948

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄慰霊の日:

« ゼーガペイン『忘却の女王』2周年 | トップページ | ゼーガ:テレ東リクエスト作戦(7/7) »