2007.03.05

ラジオドラマで尾張春風伝

 清水義範「尾張春風伝」が、NHK-FMにてラジオドラマ化されます。春風の季節に春様ですよって、今日の風は強すぎて困るんですが春様。

NHK「青春アドベンチャー」 3/5(月)開始・月~金2245~2300 全10回

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2003.11.07

清水義範「騙し絵 日本国憲法」(集英社文庫)

 さて日本はどこへ行くのか。週末はいよいよ衆院選ってことで、新聞読み直さなにゃ。今回はマニフェストとやらもあるし、今の在所では初の衆院選なんでまるで選挙区のこととか分かってないし。NHKの政見放送、全然地元の当たらないんだよなー何故なんだ。

 さて争点が相変わらずどこなのかよー分からんまま、ふと思い出して引っ張り出してきたのがこの「騙し絵 日本国憲法」。題名通り憲法ネタの小説ではあるんだが、そこは清水義範ってことで一筋縄じゃいかない作り。

 二十一の異なるバージョンによる前文
 第一章 シンボル
 第二章 九条
 第三章 ハロランさんと基本的人権
 第四章 第五章 第六章 第七章 第八章 寄席中継
 第九章 第十章 亜葡驢(アポロ)団の掟
 第十一章 場つなぎ

 というのが目次なんだが、前文は「カナの印象」「わたくしたちの憲法です」ときて、次が「いわゆるひとつのジャパニーズ憲法ですか」。長嶋茂雄調の前文なんだが、清水読みには定番ネタなんでタイトルを見た瞬間にニヤリですよ。定番といえば名古屋弁に「憲法五人男」に「憲ポーズ・ウェイク」にサイバラ(!)に「ソクラテスの証明」とちゃんと押さえてます。あーでも「折々のうた」という見出しを見ただけで笑えちゃうんだから楽しい。いや本文もちゃんと楽しいんですが。

 第一章も清水作品定番の家族の風景、第二章は「金鯱の夢」(集英社文庫)最終章と同じ上下二段、ハロランさんはSF短編集「黄昏のカーニバル」(講談社文庫)所収作にも出てくる謎の人、と清水読みにはおなじみの手法を取り混ぜつつ進み、寄席中継は元ネタが分からなくても充分面白いんだが……問題が「亜葡驢団の掟」。「九条」も恐いが、これは本当に恐い。さんざん背筋に冷たいものを感じさせといて、最後の「蛇足的おまけ」には、果たして笑っていいのかいけないのか真剣に悩んでしまうという。そっか、日本国憲法にはこんなこと書いてあったんだったっけか、と。ま、これはあくまで小説なんで、憲法をどう考えるかは読者に任されているんだけど、選挙の時くらいちゃんと考えてみないとなーと思った次第。

 こんな本持ち出したから知恵熱、ではなくて、何かうにょーんな体調だからと言うのが先。やらにゃならんこと後回しですまんです。

騙し絵日本国憲法(集英社文庫)
清水義範著

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2003.09.07

清水義範「もっとどうころんでも社会科」&萩尾望都「A-A’」

 《RELAX》の舞台を見に行く途中、品川駅構内の書店を覗いて車中に読む本をげっとしてみたり。

 初日は、清水義範「もっとどうころんでも社会科」。「おもしろくても理科」から続くシリーズで、日本人の土地信仰は「班田収受の法」から始まり、現在の相続税制はまるで「三世一身の法」だとか、「上野介の忠臣蔵」の取材旅行記など、最近の清水本のネタ発見ーだとか、毎度ながらの面白さ。サイバラの漫画も結構ぐさっとくるものがあったりして、つい読み返したり。そういや少し前に、納品の帰路に「この本の重さはストレスの重さ~」と言わんばかりに山ほど本を買った時のことは書けてないな(^^; あれはあれで結構楽しかったんだけど。文庫6冊のうち5冊が清水本、あと1冊は別の人だけどこの解説が清水義範だったとか。

 千秋楽は、萩尾望都「A-A’」。とりあえず文庫で集めてることもあって殆どが初見だったものの、「きみは美しい瞳」は秋田文庫の「モザイク・ラセン」にて既読。キャラがどうにもアンジェリークのオスカー&リュミエールに見えてしまうんで、メールデールの声はまんま飛田さんの水様声な脳内。しかし一番古いものから最新のまで13年経ってて、絵柄はがらっと変わっているものの、流れているものは毅然としていて、その美しさに圧倒されるばかり。

 うゎっ泣く。このラストにゃ泣くーな「A-A’」(81.08)、一角獣種の設定の続きで「4/4 カトルカース」(83.11)にも泣く。共鳴型ESPのモリの話の続き「X+Y」(84.07-08)は幾分軽め、でもタクトとモリが幸せならそれで良いよと微笑ましく。一角獣つながり?で「ユニコーンの夢」(74.04)は丁度ポーとかトーマの雰囲気、「6月の声」(72.04)はほんと6月でしかあり得ない話、そして先述の「きみは美しい瞳」(85.08)。これがまた綺麗なんだよなぁ……。しかし70年代のはきっちり男の子と女の子の少女漫画なんだが80年代の多くは(以下略) いや自分は良いんですけど。ううう「残酷な神が支配する」はあの長さに二の足踏んでるんだけど完結したのだから読むべきか。いっそ最新作「バルバラ異界」に手を出すべきか。

◆本日の更新:とびだす。:ほっとにゅ~す&ばんぐみひょう関連と、「ハミングバード・トラップ」れぽ~とup。

もっとどうころんでも社会科(講談社文庫)
清水義範〔著〕・西原理恵子え
A-A’(小学館文庫)
萩尾望都著

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2003.02.16

「誰が求める戦争か?」

 「もし次に戦争が起こったら、それは僕らが求めた戦争だ」──GX第三十六話より、オルバ・フロスト。こういう展開をする物語ってのも珍しいとは思うんですが、昨今の情勢見てると、ほんと、誰が求めてるのかと思うことしきり。戦争で利益を得ることが見込めるからこそ、それは求められるものであり。そして、求めるものは直接不利益を被る所に居ないのが常。フロスト兄弟は前線に居ましたが。

 日本がアの国の顔色伺ってるのを見ると、清水義範「開国ニッポン」(集英社文庫)の解説で、岸田秀氏の「黒船コンプレックス」(黒船が日本人に与えた影響をトラウマととらえる、というもの)が紹介されていて、それを延々引きずってるのか? とも思い。でも開国して間もない頃の日本人はもっと誇りを持ってたように思えるので(鹿鳴館とかはともかくとしてだ)、やはり「敗戦後」の萎縮の方が大きいのかもとか。その上、朝鮮戦争の特需景気があったからこそ戦後の復興があったんだもんな、アの国に足向けて寝られんわな。ってそれだけじゃないんだろうけどさ。

 結局、「次の戦争」が起こっても、日本は今のところ憲法上他国へ武力行使できないことになってるんで、ま、それでも協力しろと言われて何だかんだ言って手を貸すんだろうけどさ、戦場で直接人殺しはしなくて済む立場なんだよね多分。で、「勝つことが見込まれる立場」についてりゃ、「戦後」の利権を何がしか見込める訳で。って考えてると凄く嫌になってくる。戦争ってのは人殺しなんですよ? 「空爆」って言ってるのは攻撃を仕掛ける側の言葉であって、受ける側からは「空襲」って言うんですよ? かつてアの国による空襲を受けた国の人間として、更なる犠牲者が出るのに手を貸すってどうなのよ、と、こういう場面では被害者の立場に立つことも必要かと。かつて加害者の立場にあったからこその動きも求められているはずなんですが。何つったら良いのか、嫌だなぁ、ほんと。

 先日の新聞の投書欄、世界には貧困に喘ぐ人々も居るのに宇宙開発を進める意義を問うものがあったけど、宇宙から見た地球には国境線がないという視点を持つこと、冷戦期の米ソの頃とは違って今のISSは目に見える国際協力の場であること、前向いて進まないと人類は停滞するということは意義なんじゃ。大体、宇宙開発より莫大な予算つぎ込んでる軍事費を削る方が遥かに意義がありまっせ。

開国ニッポン(集英社文庫)
清水義範著

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2003.02.09

春様とエンプラ#13「遥かなる友へ」"Dear Doctor"

 何故か、夢に春様登場。尾張藩第七代藩主・徳川宗春こと、春様。大河ドラマ「八代将軍 吉宗」での中井貴一の春様でさえ見たこともないのに春様だと認識。
 何と言う脈絡のなさ、と思いつつ窓を開けたら、そこは春。なんとなく納得。

 思えば、清水義範「尾張春風伝」(幻冬舎文庫)を読んで約1年。それまで全然知らなかったのにすっかりはまってしまった春様。稀代の風雲児、まさに春風のような春様。徳川家康は三河者だけど、尾張の春様は傾き者。派手好きで、吉宗の質実剛健な倹約政策に真っ向から反対するような消費経済奨励策を取った殿様。時代を先取りしすぎ、見通しが甘い、なんて批判はいくらでも出来るけど、やはり春様は良い。「尾張春風伝」は、享楽の時代である元禄の後の享保年間を描いた時代小説でありながら、バブルの後の空白の時代の空気までも映しているようにも読めて。

 春様関連でまだ読んでない本が沢山あるのに、とりあえず清水読みとして最近げっとしたのが「偽史日本伝」と「開国ニッポン」。どちらもパラレル日本史で、あの「金鯱の夢」と同じ集英社文庫。春様がお出ましなので即買い決定。色合いは違えど、さすが春様という感じで堪能させていただきました。やぱえぇわ、春様。星野織部も良いんだよなぁ(^^)

 で、久々にエンタープライズを見たり。ドクター・フロックスが地球人のドクターに宛てた手紙の形式で、最近仲の良い女性クルーの話を交えながら、危機的な伝染病に冒された種族に対する日々を描く物語。あぁ、こういうことがあったから後で"Prime Directive"と呼ばれる条項が出来るのかと思わせる作劇に頷く。フェレンギの名前がこんなに早く登場するのもさすが。過去に描かれた「未来」は周知のもの。けれど、歴史の改変が行われつつあり、整合性が合わなくなってもOKになっているのもさすが(^^; で、やはりこちらも「まんてん」同様、終幕後にコロンビアクルーへの哀悼の辞が。彼らと同じ、星を目指すものだから。

偽史日本伝(集英社文庫)
清水義範著

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2003.01.16

清水義範「上野介の忠臣蔵」(文春文庫)

 本日、旧暦師走十四日ということで、忠臣蔵300年でございます。
 忠臣蔵は、なまじ筋を知っているだけに真剣に見たことがないままだったのですが、清水義範「上野介の忠臣蔵」(以下清水本)を手にとってしまったのが昨秋のこと。

 清水本は読んで字の如く、吉良上野介側から見た「忠臣蔵」なんですが、解説に「これが初の忠臣蔵ならどういう感想を持つのか」みたいなことが書いてあって、その目論見どおりの読者としては、とりあえずフツーの忠臣蔵を見ないとと思った次第。何せフツーの忠臣蔵の裏を描いている小説なだけに、何で赤穂浪士があんなに受けるのかが謎に思えてならんのでした。主人の仇を討つ「赤穂義士」なんて持てはやされているものの、ただ一人を殺すのを目的に夜討で殺戮した集団だよなと。武士道とか内蔵助のリーダーシップとかが美点とされるのも分からなくもないのですが。

 で、年末にNHKの300年特番をうろうろっと見ただけに更に謎は深まり、年始のテレ東時代劇を見つつ清水本を読み直し。結局悪いのは上野介でも内匠頭でもなく、当時の独裁者である将軍綱吉だが、お上の裁定に異を唱えることは出来ず、圧政に苦しむ大衆のストレスが浅野に同情的な流れを生み、その世論に当のお上すら流されてあの顛末になっちゃった、というのが清水本なんですが、すっかりそれにはまってしまいました。

 その視点でフツーの忠臣蔵を見ると、「討ち入りこそ正義」を正当化する演出になっている訳です。清水本では色好みと書かれているのは内匠頭の方なんですが、テレ東時代劇では上野介が内匠頭の正室に手を出そうとした所から話が始まっていたり、清水本では善政を敷いた上野介が、テレ東時代劇では金に執着する描写が多かったり、清水本の清水一学(赤馬の殿様に忠義を尽くす好青年)とテレ東時代劇の清水一角(上杉家から派遣された家老の小林に従って上杉へ行こうとする)がまるで別人とか。

 清水本のおかげで吉良側に同情したい気分が勝ち、「忠臣蔵を愛するDNA」は残念ながら自分にはないのかも(^^; 大河の三英傑でも思ったんですが、やはり歴史は多方向から見ないとなぁと。歴史に限らない話ですけど。

「その時 歴史が動いた」忠臣蔵・お裁き始末記

上野介の忠臣蔵(文春文庫)
清水義範著

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