2009.06.23

沖縄慰霊の日

 今年の6月23日も、彼の地では眩いばかりに夏の空が輝いている。64回目の祈りの夏が始まる。

 大抵この時期の朝日新聞には沖縄戦関連の連載記事があるものだが、文字を大きくして文字数が減ったからなのか、今年は6/20付けのbe「うたの旅人」で、ザ・ブーム「島唄」が取り上げられていたくらい。青い海を背に三線を持ち歌う大城クラウディアさんの写真が美しく目を惹く。この歌で島を渡り海を渡るものとは何か、音階が一部違うのは何故なのか、いつの間にか耳馴染んだ歌の意味を改めて知る。

asahi.com(朝日新聞社):〈うたの旅人〉海を越えた魂 ザ・ブーム「島唄」

 webの写真より、紙面の写真の方が海の青がとても綺麗。
 この穏やかな海から鉄の暴風が押し寄せたというのが想像も付かない。

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2008.06.23

沖縄慰霊の日

 63回目の慰霊の日。彼の地は夏の眩しい日差しの中、今年も祈りの夏が始まる。現地は相当暑いのだろうに、式典の中継で語られる言葉に震えている自分が居る。夕刊で目にした

でも私が本当に訴えたいのは日本軍の残酷さではない。彼らにそうさせた戦争が、残酷なんです。ベトナムもイラクもそうです。

 という語り部の方の言葉に目頭が熱くなる。
 ベトナムにもイラクにも、沖縄から米軍の部隊は送られたのではないか。

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2007.09.11

9.11──あれから6年

 今日が誕生日の友人にメールを送ろうとして、日付を改めて見る。さすがに6年も経つとあの日の記憶も薄らぐのか、その日が来ることを告げる事前の報道は少なくなってきているように思う。毎年の儀式のように、アフガニスタンからの手紙を読み直す。このメールを読んだときの震えが甦る。

asahi.com:9・11テロから6年 NYの追悼式で犠牲者に黙祷 - 国際

 あの9月11日も、同じ火曜日だった。国際テロ組織アルカイダのメンバーらがハイジャック機で米国中枢部を攻撃した米同時多発テロから、11日で6年がたった。標的となったニューヨークの世界貿易センタービル跡地近くで催された追悼式では、北棟に航空機が突入した午前8時46分(日本時間午後9時46分)、犠牲者への黙祷(もくとう)が始まった。

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2007.06.23

沖縄慰霊の日

 62回目の慰霊の日。今年は、高校の日本史の教科書での、集団自決に日本軍の強制があったとする記述の削除について揺れる中での、祈りの夏の始まり。

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2007.05.11

ネイビーファイル#172「戦場の天使たち」

 犯罪捜査官ネイビーファイル(JAG)#172「戦場の天使たち」(Each of Us Angels)。再放送日時はこちら。

 ずっとJAG見てきてて、初めて本気で涙がこぼれた。
 最近は1シーズンに1本あるcostume play(時代劇)。今回は1945年2月20日、太平洋戦争の硫黄島の沖合が舞台。本国での初放映は2003年2月4日。

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2006.12.08

Pearl Harbor Day

 65年前、真珠湾攻撃の日。その故事になぞらえるが如くに米国の国内世論を沸騰させて始まった「テロとの戦争」の行き着いた先は、紛れもなくイラクの内戦。その文言が公的な場で飛び交い、泥沼化したその状態から脱却すべく、米軍の撤退という議論も出てきた今日この頃。人が幸せに生きるとはどういうことか、考えれば答えは自ずと出るのだろうけれども。そう簡単に答えなんて出ないものだから難しいのであって。

 犯罪捜査官ネイビーファイル(JAG)第7シーズンを見ていると、9.11以降に入って一気に戦時下の物語という色が濃くなる。それまでにも、主人公ハーモンの父がベトナムで行方不明になっていることもあって、ベトナム戦争絡みの話や、更には朝鮮戦争時代の話まで出てきたりもする。彼の国がこうも外地で愚かしい戦争を繰り返す様子は、どうも日露戦争の後の日本が、その勝利の夢心地と実際の厳しい現実とのギャップから現実逃避するかのように、分不相応な海外侵攻に自らを駆り立てていった様子を思い起こさせる。いや当時の日本と今の米国とでは国力も世界情勢もまるで違うというのは百も承知なのだけれど、第二次世界大戦での連合国の勝利のような夢心地を、彼の国はその後の戦争では味わえていないのだから。彼の国は唯一の超大国としてあるが故に、逆に世界というものが見えなくなったのだろうか。

 65年前に愚かな戦端を開いた我が国は、その過ちを二度と繰り返さないとして、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とした(憲法第九条)。今日はこのことを改めて考えるべき日の一つ。そう、奇しくも今日が命日であるジョン・レノンの「Imagine」でも聴きながら。

 以下備忘録。

Super! drama TV : 真珠湾(パール)運命を変えた四日間 前後編連続放送:12/10(日)15:00
Super! drama TV : 「硫黄島からの手紙」スペシャル ~栗林忠道中将を知っていますか?~ 12/9(土)14:00
THE HISTORY CHANNEL JAPAN:鎮魂・硫黄島12月9日(土)18:30
 映画「硫黄島からの手紙」関連番組が続くんだけど、やはり「父親たちの星条旗」の方も合わせて見ないとな。あちら視点はJAGで大分慣れてるつもりだけれども。
 しかしあの「パールハーバー」なんて映画が大ヒットした謎の国なんだよなぁ日本というのは。←そういやJAGの確か第7シーズンでこの映画のタイトルが出て来てたな。

NHKその時 歴史が動いた シリーズ真珠湾への道 <後編> ~山本五十六 運命の作戦決行~ 12/13 (水) 22:00 アンコールなので以前見てるけど。

 あと今朝日新聞夕刊で連載してる「カミカゼ」が興味深い。高校で3年間お世話になった英語の先生が特攻隊出身で、出撃前に(最後の)帰省をしてたら終戦になった。あと1週間戦争が続いていたら死んでいた、という話を聞かせてくださったことがある。決して授業に関係のない話などしない先生だったのだけれど、教科書が「アンネの日記」に入る時のことだった。あの日のことは今も忘れられない。

 関連過去記事
Pearl Harbor & Imagine
「その時 歴史が動いた」日米開戦を回避せよ
Nスペ「硫黄島 玉砕戦」

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2006.09.16

9.11──あれから5年

 9.11当日に書きそびれてしまったが、やはりこの日には特別の感慨がある。だが当の米国でさえ、あれが何年の事件なのか答えられない人も多くなったのだと言う。大統領の支持率は当時の半分以下。空虚が全てを物語る跡地の再開発も本格化するといい、急ぐ現代にあって風化も加速する。それでも、彼の地の争いは止むことはなく、アフガニスタンとイラクから米軍は撤退せず、イラクでの航空自衛隊の派遣は続いている。今年もまたアフガニスタンからの手紙を読み返す。これが完全に過去のものだと言えるようになるのは、何時の日なのだろう。

テロから5年、米大統領がテレビ演説(TBS News-i:動画あり)

「テロの危険はまだ去っていない。圧倒的な愛国心で自らを支持した5年前を思い出して欲しい」と訴えたブッシュ大統領。しかし、一度離れた国民の気持ちを取り戻すのは容易なことではありません。

 今こそアメリカを安全にする時。そう掲げられた言葉に、今のアメリカは安全でないのかという反論が浮かぶ。世界に目を見渡せば、この5年間で、世界は安全とは違う方向へ向いてしまったのではないか。

 Super! drama TVで丁度今再放送中の犯罪捜査官ネイビーファイル7(JAG)が、丁度9.11前後の時期で、9.11以前のエピソードには日付が入っている。ハーモンの墜落事故、それに伴うマックとブランビーの破局という導入で、マックが傷心を抱えて出かけた海外出張から不穏な空気は漂ってくるが(#138「緊急脱出」(GUILT)など後味が悪かった)、直接は画面に描かれなかった9.11を境に空気はピンと張り詰める。言ってしまえば非常にきな臭くなり、「今は戦争中」という言葉が繰り返され、ガリンデスは志願して最前線に向かう。バドも海上勤務となり、後半の舞台にアフガニスタンが多くなる。この空気があの2001年当時のアメリカに通じている。圧倒的な愛国心、か。#158(シーズン7最終話)でのバドが気になって仕方ない。

 で、Super! drama TVでサード・ウォッチとザ・ホワイトハウスの9.11スペシャルを9.11当日にやっていたんだが、この日の分は見られなかったので再放送で見ようかと。

Super! drama TV : 9.11ドラマ・スペシャル  9/20(水)1500/9/29(金)1500

『9.11ドラマ・スペシャル』 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから5年。Super! drama TVではテロ直後に制作・放送されたエピソードを特集放送します。
<放送エピソード>
【サード・ウォッチ3】「彼ら自身の言葉で」THIRD WATCH: In Their Own Words
【サード・ウォッチ3】第45話「それぞれの9.10」THIRD WATCH: September Tenth
【ザ・ホワイトハウス3】「イサクとイシュマエル」THE WEST WING: Issac And Ishmael

9.11―あれから2年
9.11―あれから3年
9.11―あれから3年・2
9.11―あれから4年。

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2006.08.08

Nスペ「硫黄島 玉砕戦」

 8/7放送のNHKスペシャル、硫黄島 玉砕戦 ~生還者 61年目の証言~。再放送は8/24(木)2600~2649。

 本気で涙が溢れてきた。未見の方は再放送で是非。

 「玉砕」というのはその絶望的な状況を美化する言葉にすぎない。地獄と言う言葉すら綺麗にまとめてしまうものにしかならないと思える、言葉に尽くせぬ惨状。自分達だけが生き残ってしまったと、61年目に口を開いてくれた硫黄島の元兵士達の言葉は、心を深くえぐり切り刻む。

 飲料水もない硫黄島は、全島に手掘りの地下壕が張り巡らされ要塞化された。2万の日本兵が、南方から攻め来る米軍をここで迎え撃ち、本土への進攻を阻止しようというのである。だが圧倒的な米軍の前に日本軍は追い詰められ、援軍や補給も絶たれて見捨てられ、無謀でしかない持久戦が続く。投降を呼びかける米軍、それに応じて壕を出た兵士を背中から撃つ上官。食糧不足で口減らしにと、竹やりと手榴弾だけを持たされて壕を出される者も居たが、「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓に縛られ、飢えと怪我とまともな武装もない中で、投降も自決もできない壕の中の日本兵達。理性を失っていくのは日本兵だけではない。米軍もまた、投降の説得を諦め、壕の入口を爆破して中の日本兵を生き埋めにし、ガソリンを浮かべた海水を壕に流し込み火を放つ。2万人を数えたはずの日本兵が、生きて捕虜になったのは数十人。今もまだ、1万を遥かに越える数の遺骨が収集されずに残っているという。米軍の死傷者も多く、硫黄島の激戦の後、米軍は空軍力を増強し、日本本土の焦土作戦を進めていく。

 この一方的に惨い殺戮を戦争というのか。米兵は、責任は投降を潔しとしない教育をした日本の上層部にあると言う。米兵も日本兵も、思い返せばおぞましい限りだが、当時は特に何も感じなかったと言う。人間ではなく畜生だったとも。それは狂気としか思えない、だが、61年を経て口を開いてくれた人達の口振りは、時に厳しく険しいが総じて淡々としている。最近のことなどすぐに忘れるようになった、でもあの戦争のことは忘れないと。多感な時期にこの世の地獄を見てしまった人の心の傷は決して癒されることはないのだろう。口にするのも恐ろしいことを語ってくれて、取材クルーが去るのにずっと手を振って見送る人達の顔はあんなにも穏やかで、優しいのだ。そんな人達から人間性を奪い去ったものは何だというのか。

 ──ただ、この硫黄島の持久戦が、日本本土への爆撃を遅らせた意味を持つという意見もある(硫黄島探訪)。今回のNスペで「彼らの死に意味はあったのか」と涙ながらに話してくれた人がいたが、その意味では、あるとも言えるのだろう。日本兵としての彼らは、ただ殺されたのではないのだと。それにしても……


 聊かの苦言。Nスペ「東京大空襲 60年目の被災地図」でも思ったのだけれど、こういうことを語ってくれる人に対してよくもそういうことを言えるな、と思える取材クルーの言葉が気になる。自らの傷を晒して取材に応じてくれる人をもっと大切にして欲しい。


 その他、今年のNHKの戦争特集。

Nスペ:満蒙開拓団はこうして送られた~眠っていた関東軍将校の資料~ 8/11(金)2200~2249(再放送: 8/24(木)2510~2559)
Nスペ:日中戦争~なぜ戦争は拡大したのか~(仮) 8/13(日)2100~2214
Nスペ:日中は歴史にどう向きあえばいいのか(仮) 8/14(月)2200~2319
Nスペ:調査報告・劣化ウラン弾~米軍関係者の告発~ 8/6放送済み・再放送: 8/23(水)2510~2359

Nスペ「僕らは玉砕しなかった」 こちらは昨年のサイパン編。

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2006.08.07

61回目の原爆忌

 今年も広島には8月6日がやってきて、長崎には8月9日がやってくる。広島で「氏名不詳者多数」との名簿が初めて納められたという今年は、日米を絡めた報道が目に付くような感もある。被爆の苦しみは経験したものにしか分からない。しかしその痛みに思いを馳せることは出来る。そこに国籍も年齢も関係はなく。──そして、忌避すべきは核兵器に留まらない。

asahi.com:61回目の「原爆の日」- マイタウン広島
 今年の「こども代表」に選ばれたのは、日米の両国籍を持つ少女。

14歳の米映画監督ヒロシマを撮る(中国新聞)
 東京平和映画祭でも上映された「魔法のランプのジニー」を撮ったのはアメリカの少年。

asahi.com:なぜ原爆は2度落とされたのか 「二重被爆」国連で上映 - 社会
asahi.com :二重被爆が示すむごさ 広島と長崎(8/6付け朝日新聞社説)
 広島と長崎の双方で被爆した人達がいる。何故二度も、惨い地獄が作られたのか。

米の核実験博物館で異例の原爆展 (TBS News-i:動画あり)

 そもそもこの博物館は、核兵器がアメリカの発展と世界の平和にいかに貢献したかと、その開発の歴史が誇らしげに紹介されている場所です。
 また、アメリカでの原爆展をめぐっては、95年、スミソニアン航空宇宙博物館が開催を計画したものの、退役軍人らの反発で中止に追い込まれた経緯がありましたが、今回は問題もなく開催に至ったということです。
 「(核超大国のアメリカに)主導権を持って核廃絶へ行動を起こしてもらいたい。アメリカ市民の方々の良心に訴えたい」(長崎で被爆した 丸田和男さん)

 11年前にスミソニアンで出来なかった展示が、あの核実験博物館で出来るようになったということに、米国の良心を見る。この経緯には、粘り強い市民活動の成果だけでなく、今アメリカがやっている戦争に対して疑問を持つ米国市民がいることも関わっているのだろうか。自分達は本当に、正しいのだろうかと。

Nスペ「原爆投下・10秒の衝撃」と核実験博物館

NHKアーカイブス:平和アーカイブス 2006/08/06放送分

●NHK特集「爆撃機ローンサム・レディ号 ~広島原爆秘話~」1978/10/29放送
 呉を爆撃に来て撃墜された米軍のB-24の乗組員が捕虜として広島に送られ被爆して死亡したことから、乗組員とその遺族をアメリカに訪ねたもの。広島で被爆した米兵捕虜の話は他にもあるが、この番組では、取材に応じて初めて、肉親が味方の兵器である原爆で殺されたことを知ったという遺族も居たのだという。広大な国土に散らばる関係者を訪ねる長い旅に、もう一つのヒロシマを見たという取材クルーの言葉が印象的。肉親を奪われる悲しみは同じなのだ。選曲が意外な感じだなと思っていたら、音楽は三枝成彰氏。

●ドキュメンタリー「坂道の家」1973/08/17放送
 自分は失明しながらも、被爆者健康手帳を申請する人達の手伝いをする人が居る。自分が被爆したと証明してくれる人がいないとなると、時間刻みで克明に当時の状況を報告しなければならない。しかしあの混乱の中、そして被爆から28年も経って、記憶は定かではない。被爆者健康手帳の入手の困難さがつづられる。
 この番組から更に33年が過ぎて、広島地裁では原爆症認定の集団訴訟で全員が勝訴するも国は控訴の方針だという。

 8/9のNHK長崎の番組。

彼は生きた~小頭症被害者・47年の生涯~  8/9(水)2200~2245

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2006.06.23

沖縄慰霊の日

 61回目の慰霊の日。昨年事件の起きていたサマワからの自衛隊撤退は決まっても、その撤退の時期こそが緊張を強いられるものだという。そして米軍再編に揺れる沖縄に、今年も慰霊の日が訪れる。ただ節目の年であった昨年ほどの報道もなく、ひっそりと6/23が過ぎていく。それでも祈りの夏はこの日から始まることを、今年も忘れずに。

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2006.03.08

その時歴史が動いた「ゼロ戦・設計者が見た悲劇」

 NHK「その時 歴史が動いた」、3/8放送の第248回は「ゼロ戦・設計者が見た悲劇~マリアナ沖海戦への道~」。再放送は3/16(木)深夜。

 最近あまりちゃんと見てなかったこともあって、久しぶりにきつかった。一号ゼロ戦の抜本的な設計の見直しをしないまま、二号で「改良」と称してエンジン大型化と翼端切除って、素人目に見ても駄目じゃんそれって思うのに、その後は……もう言葉もない。エピローグ、神風特攻隊に使われたゼロ戦は2000機以上。そして制空権を奪われた日本は、空の王者に取って代わられたB-29による焦土作戦(と原爆投下)で一般市民への被害が拡大した。もうじき3月10日だからこういう話なんだろうけど、本気で胸が押しつぶされそうで、やりきれない。

 ゼロ戦の設計者が言うには、特攻に使われるのは嫌だった、同じ年配の人を一人ずつ殺すのだからと。そしてこのひとは、その思いを抱きながら今も生きている。優秀な兵器を持つのなら、それを制御するに足るだけの精神が必要との言葉。兵器以前の問題だろとも思うけど、ほんと当時の海軍上層部の見る目の無さが腹立たしい。何で専門家である設計者の意見をつぶしちゃうのよ。なにが大和魂だよ。精神論じゃ命がいくつあっても足りないんだよ戦争は。第二次世界大戦当時のドイツなどの飛行機の話とか読んでると、日本軍がいかに人の命を使い捨てにしてたかが分かって頭痛い(無線誘導装置を開発するよりパイロット使い捨ての方が安上がりだとか思ってるんだから……絶句)。でさ、こういう考え方って根絶された訳でもないんだよね。あかんまだマジで胸が苦しい。

 来週は今年最多の反響ということでアンコール「二宮金次郎 天保の大飢饉を救う」。その次もアンコールだけど「信長の巨大鉄船、戦国の海を制す」って、自分にとっては映像のツギハギっぷりが凄まじくてそればかり印象に残った怪作。うわーこれなら「星を継ぐ者」のエイジングの方がよほどいいじゃんとか思ったりして。4月からは水曜22時。

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2005.11.07

Nスペ「サイボーグ技術が人類を変える」

 11/5放送のNHKスペシャル「立花隆 最前線報告 サイボーグ技術が人類を変える」。思い通りに動く機械の腕、目、人工内耳……ときてロボマウス(どんなものかは実際の番組でどうぞ)や海馬チップに至るまでの様々な技術が出てきます。断片的にJNNとかで見たなぁというものはあっても、こうして順を追って並べてさらにその先に進まれると、脳って凄いなぁ、と感嘆するのと同時に、人間って恐いなぁとどんどん背筋が寒くなるというシロモノです。立花隆氏による関連サイトまで出来てて、BSやBS-Hiでのブローアップ版も作られるということで、未見の方は再放送で是非。再放送は11/7(月)深夜24:15~25:29。そういやOPの段階で「音楽:池辺晋一郎」と入るのも単発のNスペでは珍しい?

 以前のNスペ「疾走 ロボットカー」での無人ロボットカーレース(今年はついに1台完走したらしい)も興味深くも空恐ろしいものだったのだけれど、今回のはその斜め上を行くというのか。米国防省・国防高等研究事業局(DARPA)謹製のリアル強化人間("Enhanced Human" ……マジでこう書類に書いてあった)がお目見えするのもそう遠くない将来って感じで。「人間を機械にしようとする連中の言うことなんて当てになるもんか!」って冗談にもなりゃしない。

 ここ5年くらいで急速に発展した「神経工学」の分野で培われる技術をどう使うか、それは社会が決めること。というのが最後に出てくる倫理・法学系だったかの先生のお話でしたけど、そういうものを健全な方向にのみ使おうといえる程、今の人類の社会というものが成熟しているかというとかなり怪しい訳で。核が「使えない最終兵器」になってしまったからといって、脳に電極埋め込んで、命令には絶対服従して、快楽中枢だけをうまく刺激して恐怖なんて感じなくて、なんかあったって記憶すり替えて、手足がもげたって機械で付け替えれば再投入できるという、世界を滅ぼせる兵士を量産してまで、彼の国は何が欲しいんでしょうかね。その前にもっと考えられること、考えなくてはならないことが山ほどあるでしょうに。とりあえず温暖化がこれ以上進んだら本気で地球に人間住めなくなるんだから、同じ人間としての誇りがあるのなら、つまらん人殺しなんてやめて京都議定書をどうにかしてよ。

 ……というのは一方向への脱線にすぎなくて、紹介された技術は確かに感嘆に値するものばかりです。でもそれこそ、「悲しみの中枢」から吹き荒れる嵐を止めたら鬱でなくなるというのだったら、鬱というのはただの電気信号の乱れでしかないの? 心ってそんなものだったの? という立花氏の疑問も尤もな訳なんだけど、そっちへ行くとまた時間掛かるよなぁ。とま、やっぱこれ通常のNスペより長い時間を取ったものではあってもまだちょっと語り足りないんだろうなぁ。せめて前後編とか、いっそシリーズものでじっくりやるべきだったんじゃ。あ、それがBSのブローアップ版なのか。総合でもやってくれないかなぁ。

 →ロボット技術に米の触手
 →果てはサイコミュかPSか

NHKスペシャル公式

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2005.09.11

9.11―あれから4年。

 今年もまたアフガニスタンからの手紙を再読する。もうすっかり昔話になりつつあって、あれから4年も経つのかと思えば早いものだが、今年は日本は総選挙だし、アメリカはハリケーンの被害から日が浅かったり、イラクで戦死した兵士の母の声をきっかけに彼の地からの撤退を求めるかどうかで国民の意見が二分されている状況。でもそんな状況だからこそ、あの日が示すものを見つめなおすことも必要なのだろうけれど、人間そう器用に出来ているものではなく。せめて、今日がその日であることを書くことで、改めて祈りを捧げたい。

 昨年までに書いた記事を読み直して思うことは、人間はどこかで都合の悪い記憶を捨て去っていく器用さはあって、だから過ちが繰り返される一方で、そうしないと生きていけない部分もあるのだろうかと。過ちを繰り返さないように、記憶を繋げながら生きていくのってそれなりに強くないといけないから。その強さを持つには、まだまだ人間は弱い生き物なのだろうか。

 で、どうしても今年に関しては総選挙一色なんで仕方ないんだけれど、普段より投票率が高めだったのが印象的。雷雨が収まってきた頃、それでもまだ雨の中出かけたのに人多かったし。自分が初めて「選挙権」というものを意識したのは高校生の頃。リクルート事件の折、思うところはあってもまだ自分には選挙権はないんだという悔しさに、選挙権を得たら出来るだけ棄権はしないと誓ったもの。年齢の話をすると、18歳でちゃんと働いて納税してる人に選挙権がなく、20歳で親掛かりの大学生に選挙権があっても「学生だから興味ないし」とかいって行使しないなんていうのは理不尽だとも思ったり。選挙権を持つ人は選挙権を行使できない人の分までその一票を大事にするべきじゃないのかと。イラクに派遣されてる自衛隊員の皆さんだって、在外投票権ないんだから。色々言いたいことはあるだろうに。……って話はもうちょっと早く書けって。

9.11―あれから2年
9.11―あれから3年
9.11―あれから3年・2

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2005.08.26

NHK「アウシュビッツ」

 NHKというかBBCの「アウシュビッツ」は全話視聴。CGや再現ドラマの映像はよく出来ていたのだけど、だからこそ内容に眩暈がするというか吐き気がしそうというか……色々な意味で想像を越えていました。でも多分、自分の想像などでは全然届かないんだろうな。

 人はあそこまで狂ってしまえるのか、と自分では思うし、インタビュアーも良心を問うようなことを言うのだけれど、当時の状況を語る人は、インタビュアーの誘導になんて乗りはしない。あれは当然のことだったと。後悔はしていないと。アウシュビッツの責任者が戦後逮捕された際、彼が悔いたのは大量殺戮ではなく、家族のために時間を割けなかったこと。収容所に送られ、選別され引き裂かれ殺された家族に対する情などはそこにない。彼らは情を掛けるべき相手ではなかったから。そこまで思わせる時代の狂気が恐ろしい。

 収容所に送られたのは、ソ連軍捕虜、ポーランドの政治犯、ロマの人々、そしてユダヤ人。障害者の殺害に使われていた一酸化炭素による窒息死用のトラックを転用して、収容者の殺害が始まり、やがてチクロンBの青酸ガスが使われるようになる。アウシュビッツ=ビルケナウ収容所では、ピーク時には1日1万人が殺されたといい、収容所に送られた130万人のうち110万人が殺された。選別により働けないとされたユダヤ人の女性・子供・老人たちはガス室に送られて殺された後、死体は同じユダヤ人によって焼却炉で焼かれていった。アウシュビッツ以外にも各地に絶滅収容所が作られ、ホロコーストによるユダヤ人の犠牲者は約600万人にのぼるという。

 大量殺戮の対象の多くはユダヤ人であったけれど、彼らが何故迫害されるのかという事情は実にくだらない。連合国が収容所の解放に積極的でなかったのも、どこかに(自分達は手を汚そうとは思わないけれど)ユダヤ人に対する差別意識があったからだと思えるし。そして故郷に戻ってみると、自分の家には見知らぬ他人が住んでいて、財産も故郷も取り戻せない。そして今、彼らが約束の地として国家を建設したはずの土地で、再び住まいを追われた人がいる。ガザからのイスラエル軍撤退はそういう約束であったのだから、一方では当然のことではあるが、一方でどこかやりきれない気持ちもする。戦後60年は長いようでいて、実はまるで短いという感じがする。

■アウシュビッツ(BBC 2005)
1:大量虐殺への道
2:死の工場
3:収容所の番人たち
4:加速する殺戮/最終回:解放と復讐

【追記】

ホロコースト - Wikipedia
 ホロコーストに関する定説と否定論(修正主義)の両論併記。ただし「「ホロコースト」の疑問点」で最初に挙げられている「焼却処分したはずの数百万人分もの人間の灰が発見されていない」に関しては、その灰がポーランド政府の調査によりトレブリンカ絶滅収容所から出てきたという話もある。でもそれが殺人の証拠にはならない、というオチがついているのだけど、20フィート=6mもの灰の層というのはどう見ても異常。
 →Sasayama’s Weblog ≫ Blog Archive ≫ 「事実なのだろう。」発言と、「ホロコースト修正主義」

反ユダヤ主義 - Wikipedia
 実は今回のBBCの番組では、この「そもそも何故ユダヤ人が迫害されたのか」についての説明が抜け落ちている。尤も、それは欧米社会では説明の必要もないことなのかも。

壊れる前に…: アウシュビッツ
 こちらの記事では、BBCでは本来6回分のものだったことが紹介されています。日本語化してくれたのはありがたいけれど、なら完全版で流して欲しいですよNHK。でないと、製作者の伝えたいことが歪んでしまう可能性もあるのに。上記の迫害の事情とかも省略されていたのかも知れない。

JANJAN:文化・BBC放送を見て、NHK報道番組を考える
 食べ物を投げていたシーンはソ連軍捕虜相手だったような気がしますが。
 しかし冒頭にあるその映像、今何処に眠っているんだろう。

[教えて!goo] NHK「アウシュビッツ」で流れていたクラシック曲は?
 ヘンデルのサラバンド、だそうです。凄く耳に残る音楽だったので既存のクラシックだろうとは思いましたが。第5回のラスト付近ではモーツァルトのレクイエムというのがまんまな選曲でした。

BS世界のドキュメンタリー 「ドイツ・“アウシュビッツ裁判”」 ~自ら裁いた大量虐殺~
 BS-1で8/31(水)10:10~11:00に再放送。HR/ドイツ/2005年制作。NHKだと、過去のETV特集で「アウシュビッツ証言者はなぜ自殺したか」という番組があったらしく、こちらも見てみたくなりました。

 あとビルケナウといえばVガンを思い出すのがガンオタですが、ビルケナウ→アウシュビッツ→クラコフ(クラクフ)近郊ってことで、「THOUSAND NESTS」(交響組曲 機動戦士Vガンダム)ってクラコフ放送交響楽団による演奏だったんですよね。千住明もアウシュビッツに行ったとのコメントがライナーに掲載されていました。ポーランド録音ならワルシャワ交響楽団がメジャーなのに何でクラコフ? と思ったらそういう土地だったからなのか、と納得したものでした。前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世の出身地でもあります。

 後はコメント欄にて。

B000BYYKEWアウシュビッツ DVD-BOX
NHKエンタープライズ 2006-01-27

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2005.07.02

Nスペ「僕らは玉砕しなかった」

 7/2のNHKスペシャル「終戦60年企画 僕らは玉砕しなかった ~少年少女たちのサイパン戦~」、再放送は7/4(月)24:15~25:07。なお翌日7/5(火)の同じ時間は、先の「沖縄 よみがえる戦場 ~読谷村民2500人が語る地上戦~」の再放送。終戦60年企画続きですが、どちらも未見の方は是非。

 その沖縄も壮絶なものだったが、沖縄に9ヶ月先んじて、昭和19年6月15日の米軍上陸により民間人を巻き込んだ地上戦が繰り広げられたサイパンもまた凄惨の一言。今は日本の沖縄に比べると、サイパンについてはあまり見聞きすることがなく、61年目の今年は天皇皇后両陛下の慰霊の旅もあり、こうした特集も組まれたのはありがたいもの。サイパン一般にはリゾート地として知られているのだろうが、やはりバンザイ突撃とかバンザイ・クリフといった玉砕の地としての印象が自分には強い。改めて映像で見るその断崖絶壁は、そこに居るわけでもないのに足がすくむ感覚を覚える。そして、崖から身を投げる女性の映像に息を呑む。サイパンは米軍占領後、日本本土爆撃のB-29の基地となり、隣のテニアン島からは原爆を搭載したエノラ・ゲイとボックス・カーが発進している。悲劇の連鎖の端緒となった島で何があったのか。

 第一次世界大戦でドイツ領だったサイパンは1914年日本に占領され委任統治領となる。気候を生かしたサトウキビ栽培がはじまり、サトウキビの生産地であった沖縄をはじめ日本全国から砂糖の島への移民が相次ぐ。7つの国民学校、男子のための実業学校、そして高等女学校が作られるなど、サイパンで生まれ育つ子供達が増えていった。そして太平洋戦争がはじまり、サイパンは米軍と日本軍との決戦の地となる。

 「生きて虜囚の辱めを受けず」との教えは軍人だけでなく子供達に至るまで日本人全てに叩き込まれた言葉だ。そして、これが「米軍に捕まれば女は強姦されそして皆殺される」といったデマとなり、恐怖を伴って浸透していく。上陸した米軍に追われた人々は死を選ぶ。自決のための手榴弾が配られ、隣近所で爆音が響き、人体の一部が飛び散ってくる。その中、手榴弾が不発だったために生き長らえた人も居る。生き延びてくれたからこそ語ってくれるその言葉の重さ。

 手榴弾で6人が亡くなったが母と足に怪我をした娘だけが生き延びた。母は着物の帯で互いの首をしめて死のうとするが娘は抵抗をする。怪我のため動けないまま、目の前の遺体は朽ちていく。蛆がわき、ドラム缶のように膨らんだ体はやがてとけていく。いつしか母も息を引き取り、娘は手榴弾自決から2ヵ月後米軍に発見された。生と死とは紙一重だと彼女は語る。

 日本軍を案内していた少年は、父と別れる折にウチナーグチで語られた言葉を思い出し、軍人から離れて逃走する。お前は長男だ、兵隊でも軍属でもない。帰って来いと。「(当時の人間にすれば)恥ずかしい」と何度も語るが、あれから61年経ってもそう口にしなくてはならないということ自体があの時代の狂気を伝えている。

 7/7のバンザイ突撃に参加した少年は、後方に居たために機銃掃射を逃れ生き延びた。あの時の気持ちは想像もつかない、生き延びたいという一心だったろうと。サイパンでは米兵も多くが死に、今も戦友の遺骨収集を続ける元海兵隊員が居る。民間人は殺したくないと思いながら、反撃を恐れて、降伏を呼びかけても人が出てこない洞窟には手榴弾を投げたという。だが、5人家族の先陣を切り、「Give me water!」と口にして米軍の捕虜となり生き延びた少年も居た。そして、4ヵ月もの間、壕に隠れていた一家は、壕の入口を銃撃されながらも、せめて外の空気を吸って死にたいと外に出る。「天皇陛下万歳」と叫んで静かに目を閉じて手を合わせる。しかし彼らは殺されなかった。米軍から渡された水をがぶ飲みしたという。

 生き延びたサイパンの民間人は1万人以上、その半数は20歳未満の少年少女たち。名簿に「Japan」「Okinawa」と分けて書かれているのは、沖縄占領後の資料だからだろうか。しかし日本では民間人も玉砕したと報道され、それが勇ましいことだと美化された。サイパンで捕虜となっていた少女は戦後沖縄に戻り、兄の死を知る。サイパンで家族は皆玉砕した、その仇を討つといって沖縄戦で死んだのだと。自分はこうして生きているというのに。彼女は日本という国に対する怒りをあらわにする。何故真実を報道してくれなかったのかと。

 そして61年前の映像に残る、崖から身を投げた女性。あれは自分の母ではないかという当時の少年が居た。女性が身を投げる前に何かが投げられているのだが、それは前の晩に母が窒息死させた妹だと。ただ撮影したカメラマンの証言と、自分と妹以外の兄弟は全て手榴弾自決で死んでいたという男性の話には食い違いがあり、その女性が本当に彼の母なのかは分からない。でも彼は、あの女性が母だと信じている。家族を全てサイパンで失った彼にとって、あの映像は自分達がサイパンで生きた証なのだ。

 サイパンの民間人に死を選ばせた「米軍に捕まれば~」というデマの出元というのが、満州などからサイパンへ派遣された日本兵なのだという。「あちらで同じことがあったというでしょ、だから米軍も同じだと」――つまり何か、自分達日本軍の不始末というか恥ずべき行為を、ジュネーブ条約を遵守していた米軍になすりつけたとでも? 呆れてものも言えない。日中戦争で日本人側がそうした被害をまるで受けなかったということもないだろうし、それこそ今も日本で問題を起こしている米軍が全て紳士だと言うつもりもない。それにしてもサイパンや沖縄であれほど民間人に死を選ばせた狂気の元がこんな馬鹿馬鹿しい話だったとは。とはいえ、日本兵が全てそういう輩だったと言う気もない。誠心誠意、愛すべきひとびとのために国を守ろうとした人が多かったのだと思う。そもそもあんな馬鹿げた戦争に突入するしかなかった当時の日本が悪いんじゃないか。

 バンザイ・クリフを洗う波は今は深い青が美しい。しかしあの日、その波打ち際は無数の死体で埋まっていたという。その上に飛び込んだからこそ生き延びた女性も居る。口にするもおぞましいその光景を今語ってくれた人々に感謝したい。

天皇、皇后両陛下:バンザイクリフなどで黙礼、平和へ祈り(MSN-Mainichi INTERACTIVE)
両陛下、悲劇の地で供花と黙礼 サイパン慰霊(asahi.com)
サイパン慰霊最後の全国大会(asahi.com : マイタウン沖縄)
記憶 戦後60年 新聞記者が受け継ぐ戦争(東京新聞)

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2005.06.23

沖縄慰霊の日

 60回目の慰霊の日。昨年のような事件があったという訳でもない……と書いていたのに、自衛隊が派遣されているサマワで一件起きたらしいが、それでも彼の地にはまたこの日がやってきた。節目の年とあり、19日に硫黄島戦没者追悼式が行われたばかりだが、やはり祈りの夏はこの日から始まるように思える。

 60年といえば、終戦の年に生まれた人が還暦を迎える年だ。あの戦争を覚えている人は少なくなり、戦争を知らない世代が増えていく。先日読んだ新聞記事では、広島でさえ、原爆を投下された日を正しく答えられない子供が増えているのだという。日本本土を守るための捨石とされた沖縄で、組織戦が終わったとされるこの日は、それ以上に知られていないのではないだろうか。そして、この日以後も、8/15の終戦の日を過ぎても沖縄では9/7まで地上戦が続き、60年経った今もなお米軍基地が存在し続けることで、ある意味戦争が終わらないままでいるということも。記憶にまだ新しい米軍ヘリ墜落現場を、小泉首相は訪れたのだろうか。

 本日付の朝日新聞朝刊での沖縄の特集記事では、戦争を語り継ぐ人が居る一方で、口にできないままの人が居ることが書かれている。口にするには余りにも過酷な体験をされたのだろう。であればこそ、語ってくれる人々から目をそらす訳にはいかないのだ。そういう人々の話を退屈だ、と書ける人の気持ちが正直理解できないのだけれど、語れる言葉を持つ人は語ることを止めないで欲しい。

 また、沖縄で傷ついたのは攻め込んだ米軍の兵士も同様だとの指摘もある。確かに戦争というのはどちらが悪いと決められるものではない。とはいえ、先頃の戦勝国だけが云々とかいう政治家の発言はさすがにどうなのよとも思うのだけれど。靖国問題に関しては、6/22付けでの堺屋太一氏とか、6/23付けでの城山三郎氏の意見が自分には分かりやすかったのだけれど、小泉首相には公人としての行動の意味というものをもっと考えて欲しいと思う。

 録画しておいた、6/18のNHKスペシャル「沖縄 よみがえる戦場 ~読谷村民2500人が語る地上戦~」を見る。14年掛けられてまとめられた読谷村村史の記録。米軍上陸の翌日に集団自決が行われたチビチリガマで、本島北部やんばるの密林での逃避行で、そして米軍捕虜となっていた住民を日本兵が襲撃した浜辺で何が起こったのか。重い口を開いてくれた人々の証言が綴られる。
 米軍に殺されるくらいなら母さんの手で殺してという娘、次々に死んでいく人々を羨ましいと思う若き母。戦時下の教育による狂気が島を支配していた。しかしその母は外で死のうと煙の充満するガマを出て、生き長らえることになる。だが、はぐれた息子は死に、その後その存在すら隠して生きてきた。当時の彼女の年齢の母となった孫が話を聞いて「おばあ、生きてて良かったよね」と言うのに笑顔を見せる。60年経って豊かになった世界を見せてあげたいとも。そうまで言える人の強さ。
 スパイ疑惑を掛けられ、調査もなく突然「友軍」に襲われた住民。惨殺された父と、それを見て精神を病み死んだ母の代わりに妹を育てた兄。妹が成人して初めてその時のことを話し、ほどなく自身も精神を病み、40年を過ぎた今も入院生活を送る。同じ現場に居た女性が彼女のことを覚えていた。60年経っての再会に、二人は沖縄の言葉で話し出す。胸のうちにあった言葉を出せた彼女は、あの浜辺を訪れ、父に呼びかける。そこには、4歳の少女が居た。

 生き延びた人々にとって、戦争は過去のものであり、今に続く傷なのだ。ほんの、昨日か一昨日のことだと。60年という月日は長いようでいても、傷を癒せるものでもないのだ。なのに、あの南の島の美しい空と海に囲まれて、笑う人々が居る。6/22に見ていた、課外授業 ようこそ先輩「世界に広がれ!笑顔の力」での、戦争の最中の人々ほど戦争を厭い、そしてそれでも笑顔で生きていこうとするのだという話を思い出す。

 朝日新聞朝刊連載の「伝言 沖縄から」6/19付け、集団死(集団「自決」は軍人の行為としてこの記事ではこう書かれた)で家族を手に掛けた人の話の最後にはこうある。

渡嘉敷村が93年に建てた記念碑に「祖国の勝利を信じ、笑って死のうと悲壮な決意をした」とあった。「事実と全く違う。誰が笑って死ぬものですか」

 笑うのは生きるためだ。生きようとする力のためだ。自然に笑える日々は平和であってこそのものだ。その幸せを思えば、今は亡き人々のために祈らないではいられない。

NHKスペシャル公式
その時歴史が動いた「さとうきび畑の村の戦争」

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2005.06.05

Nスペ「一瞬の戦後史」

 6/5のNHKスペシャル「終戦60年企画 一瞬の戦後史 ~スチール写真が記録した世界の60年~」。面白かった! と言ってしまうのは内容に関して不謹慎かも知れないけれど面白かった。「映像の世紀」スチール写真版60年→60分一本勝負って感じ。ピアノ主体の音楽が、お約束なんだろうけどまた良かったし。再放送は6/7(火)24:15~25:14の予定。

 内容は先に書いた通りなんで後は見ていただくしかないんだが、ただこの番組で取り上げられたものは60年の戦後史――しかもそれは日本視点での「戦後」でしかない――のごく一部にしか過ぎない。第二次世界大戦という悲惨な戦争を経験してもなお、切れ目なく続く戦火。このまま人類は戦争に滅ぼされるまで戦争を続けてしまうのか。取り上げた事象に悉くアメリカが絡んでいるのは恣意的な編集かも知れないけれど、それだけの影響は無視できるものではないし。やはりこの手合いのNスペはシリーズ化して色々やって欲しいなと思う次第。

 JAG/ネイビーファイルを見ていると、アメリカ人だって傷ついているんだというのは分かるんだけどさ。ベトナム反戦デモで、銃剣を持った兵士の集団の前に立ち、一輪の花を捧げた少女の人生とか見ると、尚のことあの国は何やってんだかという気にもなる。

 番組初盤でも映される、キャパが写した60年前ドイツで焼け出されて呆然とする家族の写真で終わるのだけれど、ここから何の進歩もないとは思いたくもなく。しかし、ボスニアで我が家を追われた家族が見つけた、隣人のセルビア人のナイフでズタズタに傷をつけられた家族の記念写真の惨さには言葉も出ない。イスラム革命以降の、宗教が飲み込んでいく人々の渦。写真に写る、熱気の湯気が凄い。

 日本はこの60年、戦争も知らずに安穏と暮らしてこられたのだけれど、その幸運をどれほど意識しているのだろう。何故この60年が有り得たのか、真剣に考えなくてはならないと思う。という訳で次は「一瞬の戦後史」日本編を熱烈希望。戦後の日本で宗教がどうにもタブーになってしまった一方で新興宗教が流行っているというのは、何か今回取り上げられていた、社会主義国で宗教が弾圧されても人々が信仰を捨てずに、結局社会主義の崩壊を招いて、一部では民族浄化にまで繋がるというあの動きを連想させてならんのですよ。宗教とは何ぞや、という視点では学校で宗教についてちゃんと教えるべきだとも思う。

 昨日は「復興 ~ヒロシマ・原子野から立ち上がった人々~」の再放送やってたし、今夜はNHKアーカイブスは平和アーカイブスの日だしで、重いのが続いてます(「夏服の少女たち」は珍しくアニメだけど)。ちょっと分散して欲しいかも。

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2005.05.14

ちょっと前のNHK

■金曜時代劇「柳生十兵衛七番勝負」

 チャンバラが面白くて当たりでした(^-^) カメラワークというか、画面作りも凝っていてぐーです。初回で犬使いの伊賀者が出てきて、倒れた忍びから通信文受け取って走る犬に「頑張れクロ、走れ!」とかって勝手に名前付けて応援してしまいましたが←ジライヤの見過ぎ。主演は村上弘明で高野八誠がお付きの忍者やってたりして何気にダブルライダー。第二回での永倉さんこと山口智充もなかなか良かったし、ゲストのみなさんもそれぞれに味があり。千葉真一の宮本武蔵は台詞回しも含めてゾクゾクしたし、最終話のチャンバラもたっぷり時間かけててほんと良かった。佐々木蔵之介の由比富士太郎も好みだし、パート2やって欲しいなぁ。

■よるドラ「アカペラ戦隊ブギウギ5」(違)

 こちらも結構面白かったです。これも柳生十兵衛と同時に終わってしまいましたが。主婦5人が5色のバイクに乗ってうわっまじで戦隊だよっとか思ってしまいましたが、旦那5人も中々に。ピンク旦那の京本政樹が必殺風な手技を見せたりとか、無愛想に見えて実は奥さんとらぶらぶで結構アツイとか(源さんこと小林隆のグリーン旦那を「アニキ」呼ばわりした時には何が起こったのかと)、この人が一番面白かったかも。レッド旦那の転職先の社名が「クワトロ」だというのにも吹きましたが(^^;

■NHKスペシャル「終戦60年企画 ドキュメンタリードラマ 望郷」(再放送:5/28(土)3:05~4:35)

 関口知宏主演というのもあり見てみましたけれど、仲代達矢さんが語りでおやっと思ったら、脚本・演出の岡崎栄氏はやはり「大地の子」の方でした。ドキュメンタリー半分ドラマ半分ってことで、全体的にはちょっと物足りない印象。でもそれは、なまじ良いだけに、もっと見たいと思わせるものだったということで、決して悪くはないです。寧ろこの時間ではこれが一杯一杯なのかなと。逃した方は再放送を是非どうぞ。日独露の三ヶ国語の台詞をこなした関口知宏の、やってることはえらい大変なんだけどそれを見せないというか、凄く自然体な演技が良かったです。クリスティ・ポパ氏のアナトリエとの二人の会話が良い味でした。戦争は決してあってはならないこと。でもこの捕虜収容所での出会いについては、戦争に負けて良かったと。「バラーダ」の調べがまた美しく。

 ただNスペの番組案内(既に消えてます)で

 渡辺はそれから2年、指輪を自分の歯に糸で繋ぎ、口の中に隠し持つが、やがてソ連兵に没収されてしまう。そして1947年、日本に帰還。以来、失くした指輪のことを渡辺は片時も忘れなかった。

 とあったのはあれっ? て感じも。まぁ、ドラマだし。でもほんとあの雨の中に手紙を落としさえしなければもっと早く再会できたかもしれないのにーとかいいつつ、彼の国を思えばそれがなくとも色々難しかったのだろうとも。しかし宛名の「大日本」に泣ける。あの紙をずっと持っていてくれたんだと。だからこそ再会が叶ったのだけれど。

 それにしても日独伊三国同盟に当初ルーマニアが参加していたのを知らなかったのが恥ずかしい。高校で世界史やらなかったからなというのは言い訳にならんだろ。彼らの受けた苦しみもまた、知らなかったと言えるものではなく。

 あ、関口つながりで「鉄道乗りつくしの旅」ダイジェスト@総合は今夜(5/14 25:10~25:35)。

■その時 歴史が動いた第218回「にっぽん郵便創業物語~前島密の挑戦~」

 1円切手の前島密。まぁ彼の情熱はヨシとしても、これはNスペ「明治」シリーズ便乗というより、郵政民営化の話題への便乗なんだろうなぁ。でもこの内容だと、政府による郵便事業と、お国のためなら手弁当で郵便取扱所に協力した元名主達(特定郵便局の局長さんだわね)と、商売奪われたのに一転事業に協力するようになった飛脚業者の皆さんをヨイショする内容なんで、何か民営化反対の立場に見えてくるんですが。それでいいのか公共放送。よりによってこんな時期に。つーても「宅配便」の方はプロジェクトXで随分前にやっちゃったしな。

 今後の放送予定では、5/25の第220回「戦場の負傷者に救いの手を~佐野常民・日本初の国際人道支援~(仮)」が面白そうです。

 例によって下書き寝かせてたら古い話ばかりになってしまいました(_o_)

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2005.05.08

Nスペ「原爆投下・10秒の衝撃」と核実験博物館

 4/3放送のNHKアーカイブスの平和アーカイブス企画はNHKスペシャル「原爆投下・10秒の衝撃」(1998/8/6放送)。原爆が広島を壊滅させるのに要した時間はわずか10秒。それを、原爆炸裂までの100万分の1秒・3秒・10秒の3段階に区切って、その時何が起こったのかを解明する企画。

 内外の科学者が広島に集まり、爆心地である旧・猿楽町の住人たちの協力もあって「その時」が再現されていく。まだ炸裂さえしていない100万分の1秒間に中性子線が放出され、爆心直下ではこの時点で既に致死量の被爆となる。その後3秒までの間に火球が生まれ、後に原爆ドームと呼ばれることになる広島県産業奨励館の銅屋根を溶かしてしまうほどの熱線と、その周囲に居た人々に後遺症を残すに充分な放射線とを撒き散らした。そしてその後10秒までの間に、急激に高温の火球が膨張したためにその周囲の空気が押し出され衝撃波となって地上を走った。爆心から4kmほどの位置に居た人は、爆風が来るまでに時間があったと証言している。

 「ピカドン」という言葉が当時を振り返る証言にある。突然現れた火球の光と、その後の衝撃波を表す言葉。しかしその瞬間は映像記録にはない。原爆投下から3分ほどした後、広島上空に立ち上るキノコ雲の映像があるだけだ。その後米軍が地上で核実験をした際の実験映像を参考にCGが作られ、実験室の中で再現される「その時」。科学者がこのような研究をするのは、「その時」何が起こったのかを明らかにし、そしてそれを繰り返さないためなのだろう。

 ただ、今回の企画に海外から参加し、最後に改めて広島平和記念資料館を訪れた科学者の一人は、「ヒロシマの惨状は我々の未来を示すものなのか」というような言葉を残していた。録画を確認できないので正確ではないと思うが、このような未来を望まないからこそヒロシマから学ぶのではないのだろうか。尤も彼は確か核保有国の科学者だったと思うが、だからこそ、自分の研究を大切にして欲しい。過ちを繰り返さないために。

 このNHKの放送の数日前、JNNニュースバード(TBS系CS)でアメリカの「核実験博物館」について報じられていた。様々な展示がある中で、先の「原爆投下・10秒の衝撃」で語られた「その時」を疑似体験できるアトラクション《グラウンド・ゼロ》が売り物となっている。遊園地にあるアレと同じだ、椅子が揺れて音と映像でドーンってやつ。インタビューに応えていた来館者の少女は「まるでその場に居るみたい」だと興奮気味に話していたが、「その場」に居たらあんた死んでるんだぞ分かってるのか。分かっていないんだろうな。一番重要な「痛み」が体験者の心に再現出来ていないのでは意味ないじゃん。ダメだこりゃ。

 などという内容が引っ掛かっていただけに、余計この番組は見なくてはならないと思った一本で、見た甲斐もあり。今後も平和アーカイブスには注目していきたい。ただ「平和」を問うNHKスペシャルといえば、東京大空襲にパレスチナ問題など様々な番組があるものなので、被爆関連に限定しなくても良いとも思うのだけれど。ヒロシマの祈りが「過ちは繰り返しませぬから」であるのだから、被害者の視点にばかり偏るのではなく、何故人はその過ちを犯したのかを検証するものであって欲しいと。

 ……と例によって下書きで寝かせていたら、もう5月分の放送日。1本目の「そして男たちはナガサキを見た」は見た覚えがあるけれど、さすがに2本目の「ドキュメンタリー 似島の怒り」は見ていないので録画予約しないと。核不拡散条約(NPT)再検討会議が国内でも現地でも今ひとつ注目されないでいるのが残念。他にも大きなニュースがあるから仕方ないのだけれど。

NHK平和アーカイブス
asahi.com: 広島・長崎の思い届かず、大半空席 NPT再検討会議 - 社会


 なお、核実験博物館については以下の記事も。

tamyレポート: 核実験 疑似体験する 博物館!?

 上の記事でも紹介されているが、核実験博物館の《グラウンド・ゼロ》については以下2本の記事が対照的。Wired Newsでの「風下の住人」の話も興味深い。これらの記事にある展示内容を見た上で、先のインタビューにあのように少女が応えていたのだとすれば、仏を作って魂入れずということなのか。相反する思惑があるのは分かるが、「その場」で多くの人が死に、そして今も苦しんでいる人が居るという歴史的事実は変わらないのだから、それをしっかりと伝えるべきではないのか。

週刊ラスベガスニュース : 学術的な資料館として評価したい "原爆博物館"
Wired News - 新設『核実験博物館』をめぐる、さまざまな思い

原爆投下・10秒の衝撃
NHK広島「核平和」プロジェクト
日本放送出版協会 1999-07


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Nスペ「東京大空襲 60年目の被災地図」

 3/6放送のNHKスペシャルは「東京大空襲 60年目の被災地図」。住所と死亡した場所を結んだ地図が作成された。移動の矢印が集まる場所は、そこで多くの人が亡くなったことを示す。何故人々はそこを目指したのか、そしてそこで人々はどう死んでいったのか。生き延びた人々の証言と絵から、その夜を再現する。残念ながらこの被災地図の公開は4/10にて終了。

 丁度1年前にNHKアーカイブスで見た「東京大空襲」(1978年)とつい比較してしまって点が少々辛くはなった。製作時期の違いがあるので仕方ないとは思うが、その時とはまた違った悲劇の生々しさが今も失われずにいることが示されていて、これはこれで良かったと思う。

 アメリカの焼夷弾の実験の記録映像(実際に木造家屋を建てて延焼実験をしたもの)は、勝つためにはここまでやって当然だよなと思うし、実際の空襲の報告書やB29のパイロットの証言からは、あまりに大規模な空襲が「計画」を超えて被害を拡大させたことが分かる。件の司令官に関するコメントには絶句したが、戦争とはそんなものだと思うしかないのか。

 鉄筋校舎の学校を避難時の家族の集合場所にしていたものの、炎はガラス窓を破って入り込み、校舎は炎上する。プールに逃れた人々の頭上をなめていく炎の舌。人々の足元にはプールの底に沈む人々。兄はプールに飛び込み焼死を免れたものの、妹はそのプールの底で死んでいるのが見つかった。「後悔していますか」ってそんなこと訊くなよ取材クルー。後悔なんて言葉で言い尽くせるものではないことくらい想像できるだろうに。

 燃え盛る下町から逃れようにも川が行く手を阻む。橋の上に密集した人々の上を火炎が走り抜ける。炎がなくともこの群集では橋の際まで押されてしまう人もいただろうに、火達磨になりながら橋から落ちる人が居る。その下の川もまた、地獄だった。

 生まれたばかりの娘を背負い、冷たい川の中、ようやく大八車に辿り着き眠り込む。夫は大八車に乗る余裕がなく、川の中じっと立ち尽くすのを見たのが最後になった。そして守ったはずの娘は息を引き取り、娘のおかげで背中が濡れなかったために生き延びた母は、戦後孤児の世話をし続ける。

 空襲の対象域の外縁部の病院から患者を連れて、亀戸駅を目指して逃げた看護婦。火の手と人波に行く手を阻まれ、どうせなら病院で死のうと戻ると、既に病院は焼け落ちていた。しかし重篤患者と行動を共にした看護婦らは帰ってこなかった。

 彼女が目指した亀戸駅付近に出来た焼死体の山。防火帯に設けられたいくつもの防空壕の蓋を燃やしていく炎。一夜明けて、川面に浮かぶ無数の死体。その中にはしっかりと紐で結ばれた母子。録画した訳でもないのに、それらの絵が脳裏に焼きついて離れない。

 戦後60年目とあって、東京大空襲を題材としたアニメ映画も相次いで製作されたというニュースも3/10前後にあり。そのうちの一つ「ガラスのうさぎ」は小学生の頃に読んだが、ふと読み直したくなった。母と妹を空襲で失った後、父が機銃掃射で殺されて一人になってしまった主人公が引き取られた先で苦労するというあたりの話が印象的で。生き延びる辛さ、というものを初めて意識した作品。

 NHKに話を戻して月曜ドラマシリーズ最終作の「ハチロー 母の詩 父の詩」の最終回でも東京大空襲が描かれたが、焼夷弾の落ち方が、先の記録映像を思い起こさせて妙にリアルだった。「家族のために深川に家を用意した。末の子が中学受験で……」とか言われたらそれはもう駄目じゃないか。

 余談ながらこの「ハチロー」、原作の「血脈」はまだまだ先があるというあたりで終わっていることもあって、ちょっと尻切れっぽいラストで何で突然「リンゴの唄」なんだよという感じではあったけど、中々面白かった。再放送あったら見たいなと。掲示板を見ると「新選組!」が好きな人ならOK、みたいな意見があって、何か分かる気がする。破天荒というかハチャメチャというか、とにかくもう滅茶苦茶としか言いようがない。なのに、ずどんと重い。それが面白いんだけど。原作も読みたいもののあんな長いのいつになったら読めるのか。それにしても劇中の歌はサトウハチローの歌だと知らずにいたものばかり。

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2005.05.01

愛国無罪と言うけれど

 日本の常用漢字の「愛」には「心」があるのに、簡体字にはそれがないじゃないかとか思うのは、ただの言いがかりなんだけど。

 日中首脳会談の条件は閣僚が靖国神社の春の例大祭に参加しないこと、とかいうような話があった中で(その話がなかったとしても今の空気を読まずに)靖国に行った人というのもある種「愛国無罪」ではないかと思ったりもする。「紳士協定」があったとかなかったとかいう話も出てるけど、それがあろうとなかろうと、何でわざわざ傷に塩を塗り込むようなことをするのかしらね。日本人でさえ快く思わない人も居るのに。

 在日中国領事館への嫌がらせに対する領事の日本政府へのコメントは、中国と日本を入れ替えたらそのまま日本政府が中国に言ってることだったんだけど、であればこそ、日本ではこうした行為に法治国家としての毅然とした対応が求められる訳で。殊に中国側で対処が厳しくなってきて双方で逮捕者も出てるけど、中国の反日デモに反対して日本国内で実力行使だなんて、日本人としての誇りがあれば出来ないことだと思うんだけどなぁ。同じレベルに下りてどうするのよ。

 同じ敗戦国のドイツとは単純に比較できないとかいう話もあるけれど、でもこの差は何なのとも思う訳で。近隣国とは普通仲が悪いものだと言ってた政治家も居たけれど、だからこそ仲良くしなきゃいけないし、それをするのが大人だろうと。

 教科書問題に関しては、いっそ「教科書問題」自体を取り上げる教科書を作ればいいという話が面白かった(少し前の朝日新聞オピニオン欄)。歴史には複数の視点で見ることが大事な訳で、そういう意味では「教科書問題」はいい教科書になるよなとも。ただ実際の現場では授業時間が確保しきれずに、その教科書を全部教える時間がなく、問題の近現代史なんてとても教えていられないというのは、まさか全部教えないための教科書を作っているんじゃないかとも邪推したり(今使われている教科書には縄文時代がないらしいが)。自分の生きている今、生きていく未来に直接繋がる近現代史は一番重点を置くべきところだと思えるのに。自分が高校で日本史をやったときには、3年から2年の続きの近世史の枠と、ページを飛ばして近現代史からの枠とに時間割を分けて2学期中に全部教科書終わったんだけど。

 自虐史観とか言うけれど、歴史から何を学ぶかといえば、成功だけでなく失敗にも学ぶことが多い訳で。過去の過ちを繰り返さないことを学び、それを実践して世界に示すことが敗戦国である日本の責務だと思える。敗戦国であるが故に60年間戦争をしてこなかったことは、他の国にできなかったことでもあるのだから、それは自虐どころか誇りにして良いことでしょ。軍隊を持って普通の国になりたいとか言ってる人も居るけれど、「普通ではない国」であることにこそ今の日本の価値があると思うんだけどな。


 5/3の憲法記念日を前に、時間が出来たらきっちり読みたいもの。4/29は「みどりの日」のままで良いのにな。11/3だって「文化の日」なんだしさ。

マガジン9条

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2004.10.16

優雅な無知

 朝日新聞木曜夕刊のアーサー・ビナード氏のコラム「日々の非常口」の10/14付け「優雅な無知」にて、平和とは何かを定義した言葉が二つ挙げられている。

■アメリカの詩人、エドナ・セントビンセント・ミレー氏

平和とは、どこかで進行している戦争を知らずにいられる、つかの間の優雅な無知だ

■ベトナムのガイド、フィさん

平和は、戦争をしたがる人の準備のための時間

 上のミレー氏の言葉は1940年のものというから、海の向こうで始まった第二次世界大戦を眺めてのものなのだろう。そして、ベトナム戦争が激化していた1967年にアメリカで生まれたビナード氏が、おぼろげな記憶の中にしかなかった戦争の舞台となったベトナムを先頃訪れた際にガイドから聞いたのが下の言葉。アメリカでは58000人余りの米兵の犠牲は当然重みを持って受け止められている。しかし300万人のベトナム人が殺されたことにきちんと向き合ってこなかったことに氏は気付いたのだという。そして今、米大統領選で、イラク戦争で千人を超えた米軍の犠牲者のことは取り上げられても、万単位で殺されているイラク市民のことは出てこないのだと。

 題名にも引かれた「優雅な無知」という言葉の感覚はさすがに詩人。そして、戦争に蹂躙された国を案内する人の言葉はさすがに重い。戦争を知らない日本人は「平和」を何と定義すれば良いのだろうか。「秋晴れの空の下で昼寝の出来る幸せ」というのはただの願望だし。「もう二度と手放してはならないもの」というのも理想が勝っているような気もする。

 平和とは必ずしも同義ではないが、「戦後」という言葉がある。「もはや戦後ではない」などと言われたときには、「終戦直後の貧しかった時代」を指していたのだろう。しかし日本が戦争をしないまま59年が過ぎても、世界に戦火が止むことはない。「戦後」とは単に「次の戦争の前の時期」でしかないのだ。最近寝言でよく話題にしている機動新世紀ガンダムXは「戦後」を描いた物語だが、次の戦争が始まろうとしている中で、「次の戦争に戦後はあるのだろうか」という台詞が登場する。今続いている戦争の戦後がまるで見えずに、ふとこの台詞を思い出してしまう。

 アメリカ生まれの詩人であるビナード氏の連載は木曜の楽しみの一つ。海を越えて伝わっている「入浴剤入りの温泉」の話題だとか、氏が日本で発見した文化の違いなどの「アメリカ人の見た日本」の話題が楽しめる一方で、今回のような「アメリカ人が伝えてくれるアメリカ」の話題も興味深い。

Web日本語|アーサーの日本語つれづれ草 

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2004.09.17

コスタリカ、有志連合から脱退

 新聞を整理してて、コスタリカが米政府に「有志連合」リストから国名を削除するよう求めたという記事を見つけました。同国の最高裁憲法法廷の違憲判決によるものです。以下、Webで見つけた記事の重ならない部分を抜き出してみます。

コスタリカ、米国の対イラク戦争有志連合から削除要求(CNN.co.jp - USA)

コスタリカ・サンホセ――中米コスタリカのトバル外相は9日、対イラク戦争を支援する「有志連合」の国名リストから自国を削除するよう米政府に要請した、と述べた。これに対し、米ホワイトハウスのマクレラン報道官はコスタリカ政府の要望には応じる方針を示した。AP通信が報じた。
(中略)
米国務省報道官は、コスタリカの「有志連合」リスト入りは、同国のテロリズムに対する反対姿勢を象徴したものと指摘。コスタリカは、軍事、経済的にもイラク再建への支援に加わっていないと述べた。

コスタリカ:「イラク戦争支持は違憲」、最高裁が決定 「有志連合」脱退、米に要請(MSN-Mainichi INTERACTIVE)

同国の護民官や弁護士団体が「コスタリカによる軍事行動支持は違憲で、イラク攻撃は国連安保理の承認も得ていない」と非難し、政府に撤回を求めた。
 護民官らの告発状によると、パチェコ政権は「連合参加は道義的なもので軍事支援ではない」「米国などテロ被害国の戦いは我が国の平和主義と矛盾しない」と解釈し、撤回を拒否してきた。米側も「我々はコスタリカの平和主義を尊重し、軍事支援は求めない」と表明してきた。

コスタリカ、「イラク戦争有志連合」の削除を米に要請(NIKKEI NET:国際 ニュース)

 コスタリカは1949年、憲法で軍隊の保有を禁じており「永世的な非武装中立」を宣言している。しかし、パチェコ大統領は昨年3月、イラク戦争開戦に向け、米国政府を支持する姿勢を表明。その後、コスタリカ大学の学生が「違憲」として裁判所に訴えたことを皮切りに、国内で政府に対する反発が高まっていた。

米国に「有志連合」からの国名削除要求へ コスタリカ (asahi.com : ニュース特集 : イラク情勢)

 同国の規定によると、憲法法廷の判決は即時発効し、過去にさかのぼるため、国名削除とともにコスタリカの「米国支持」という事実はなかったことになる。

 朝日新聞9/8夕刊の元記事のほうが文字数は多いんですが、主にコスタリカ国内の反応と経緯を紹介されている内容です。

#下書きを寝かせてる間に、9/16朝刊に詳しい経緯や背景などを紹介する大き目の記事(コスタリカ米支持「違憲」薄氷の中立)が出てたんですが、残念ながらasahi.comには掲載されていないようです。

 それにしても凄いなぁ。米国支持に対し違憲判決が出てしまうのか。そして「米国支持」という事実がなかったことにされちゃうのか。ちょっとこれは別の意味で凄い。一旦は支持をした。でも違憲だと判断されてその支持を取りやめた、という歴史は残さないと。

 でも、ちゃんと米政府もコスタリカの要望には応えたというニュースはCNNと毎日だけが伝えてるんですね(報じられた時刻の問題はありますが)。因みに読売では記事が見つかりませんでした。

 日本では「米国支持は違憲」とストレートに問うものはないようですが、イラク自衛隊派遣違憲訴訟の話は方々でありますよね。でもどうも最近動きが表に出てこないように思えます。このコスタリカのニュース自体もひっそりと伝えられたようですし(だから今頃見つけてるんですが……その上、下書きからちょっと寝かせてしまいましたが)。米側の論理では日本の平和主義だって尊重されるべきもののはずだけれど(ま、日本のやってるのは軍事支援ではないはずですが)、日本自身がその平和主義を蔑ろにしているように見えてしまいます。イラクが平和になるために自衛隊の皆さんは現地で汗を流しているんだという話もありますが、話はそれだけではなくて。

 コスタリカについてはこんな記事も。続き記事だからリンクで繋げてて欲しいんですが、そうはなってないので特集TOPをぶっくまーくしときます。米国による政権転覆の試みなど、読み応えあります。

特集・ウェブ探検・鍛えられた平和主義(全8回・JANJAN)

 ただ一方で、「911 - 488: コスタリカが有志連合から脱退」で紹介されていた「恐怖のコスタリカ」というものもあったりします。

 で、また寝かせてる間にこんな記事も。

「大量破壊兵器、見つからないだろう」米国務長官が断念 - asahi.com : ニュース特集 : イラク情勢
イラク戦争「国連憲章上違法」 国連事務総長がBBCに - asahi.com : ニュース特集 : イラク情勢

 ないものをあると言って起こしてしまった戦争はなかったことには出来ず、死んでしまった人は二度と帰ってくることはない。どうするつもりなんでしょうね。

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2004.09.12

9.11――あれから3年・2

 追悼式典などのニュースを見ていると、フリーダムタワーの工事のため、WTC跡地に触れられるのは今年が最後になるらしい。「そのまま触れられるようにこのままにしてほしい」という遺族の声が痛ましい。あの地を「グラウンド・ゼロ」と呼ぶのには抵抗があるが、広島を象徴するのが痛々しい姿を晒す原爆ドームであるように、WTC跡地も何もないまま残すべきだと思う。2棟のビルの面影を偲ばせる夜空に立ち上る青い光を見ながら、これでいい、これがいいんだと改めて思う。そこにあったものが失われた。なくなってしまったのだという現実でなければ伝えられないものもあるはずだ。フリーダムタワーが出来てしまったら、「かつてここにあったものが失われた」という記憶さえ埋もれてしまうような気がする。まぁそりゃあれだけの土地を遊ばせるのには色々問題もあるんだろうけど、周辺の空洞化も進んでいるというしさ。

 しかしこのフリーダムタワーとかって名前はいかにもだが、いつぞやに「フレンチフライをフリーダムフライと言い換える」とかいうアホらしい話があったことも思い出し。そんなに言うほど自由な国でもないような気がするのだが最近は。

 そして大統領は「我が国は3年前よりは安全になったが、まだ安全とは言えない。我々はこの敵を打ち破る」と演説した。うーん確かこの人が信じてる神様は「汝の敵を愛せよ」って言ってませんでしたっけ。何故彼らが敵になるのか、そして敵でないようにするには「打ち破る」以外の選択肢はないのかと考えては貰えないんでしょうか。パウエル長官も「戦って勝つしかない」と言ってるそうだけど、それで打ち負かした相手はそれで納得するのかしら。死人に口なしとはいえ、遺族が自爆テロに走ってる現実をちゃんと見ているのかしら。とか言ってるのは多分平和ボケだと言われるんだろうな。でもいいよ。戦争ボケより平和ボケの方がなんぼかましじゃい。

#しかしまた真珠湾引き合いに出されてるよ……ってあれしかないから仕方ないけど、真珠湾を攻撃させたのは誰なのよ? ってそんなこと言ってもそれこそ仕方ないんだけどさ。何を言っても亡くなった人が帰ってくる訳じゃないんだから。大事なことは、過ちを繰り返さないことなのであって。

 あと気になったのはこれ。

丸3年、全米で追悼式典 「ゼロ」から願う平和(MSN-Mainichi INTERACTIVE アメリカ)

民主党関係者やテロ犠牲者の遺族らが「悲劇の政治利用」だと反発した経過もあり、ブッシュ大統領をはじめ米政権高官は式典に姿を見せなかった。

 まぁ、そうだわな。でも本当に悼む気持ちがあるのなら個人としてその地を訪れても良いような気がするんだけど。政治を絡めるからいかんのであってさ、と思うのだけれど。

9.11―あれから3年

「9・11テロ」3年の前夜、平和願う遺族 NYなど - asahi.com : 国際
3年の歳月、癒えない心の傷(YOMIURI ON-LINE / 国際)
テロ跡地、空洞化止まらず NY「9・11」から3年 - asahi.com : 国際
テロ対策、米で監視と規制強化 9・11から3周年 - asahi.com : 国際
ブッシュ大統領「敵を打ち破る」 9・11でラジオ演説 - asahi.com : 国際
米同時多発テロから3年:対テロ戦より選挙 米国務長官・国防長官、外交と軍事誇る(MSN-Mainichi INTERACTIVE アメリカ)

 追記

 「グラウンド・ゼロ」については以下の記事も興味深いです。アの国の大統領の言い分はやはり破綻してると思いますよ。

もげきゃっち: 9.11 無題。

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2004.09.11

9.11―あれから3年

 今年もまたアフガニスタンからの手紙を再読する。今にして読むと事情も変わってきていることはあれど、投げかけられたものの本質は変わっていないように思える。イラクで、イスラエルで、いや世界中で、テロで死者が出るニュースを聞かない日はないような気がする。あの日、世界が見る中で死んでいった人々は、このような未来を望んだろうか。あまりにも世界各地で人が死にすぎていて、今アフガニスタンがどうなっているのか殆ど聞こえてこないほどだ。ということは、状況に大きな変化はないということなのだろう。

 3年前のニューヨークの9.11、そして今年のロシア・ベスランの9.1。こういうことをしてしまえる人間の心、そして彼らをこういう状況へと追い込む人間の心が恐ろしい。ベスランの学校で、テロリストは人質に対し「お前達は人間ではなく犬だ」と言い、「子どもを撃つなら自分を」と言った老人を撃ち、逃げる人を背中から撃ったのだという。何故彼らはそんなことが出来たのだろう。海外の論調などには、そもそもロシアのチェチェンへの対応がこの事態を招いたのだとする見方もある。直前に相次いだ旅客機や地下鉄駅でのテロといい、そこまで彼らを追い詰めたものは何なのだろう。

 彼らには迷いがない。だから自爆さえ厭わない。それに対して守る側に立つ者が、たとえテロリストであろうとも人間であるのなら殺したくないと迷って弱くなるのは無理もないのかもしれない。兵士は殺されることよりも、自分が人を殺してしまうことを恐れるものだともいう。その迷いは兵士には命取りになる。だから正義を信じ、忠誠を誓って銃を取るのだ。しかし、この地上で最強の軍隊である米軍にあって、イラク駐在の部隊に自殺が多いのだという。彼らは迷い、正義を見失っている。自軍の兵士にさえ正義を説ききれないでいるのだ、イラクから部隊を撤退させる国が出てもそれを止めることは出来ない。スペインもフィリピンも、テロに屈したのではない。それでも留まるだけの正義を見出せないから撤退したのだ。

 正義だなどと言ってみても、それは絶対的なものという訳でもない。人が死んだら悲しいじゃないか、そんなのは嫌じゃないかという言葉さえ、普遍性を持ち得ないのだ。あんな奴は人間じゃないから死んでもいい。そんな自分に都合のいい言い訳で人を殺せるのがまた人なのだ。元々人間には残虐性があるものだという。でもそれを乗り越えられる可能性だって人間にはあるはずだ。絶望と希望とは紙一重、風向き一つで変わってしまうもの。爽やかな秋の風が、良いものを運んでくれると信じたい。風向きを変えるために、自分に何が出来るというのだろう。そう考えながら、哀悼の祈りを捧げたい。


 9.11関連では、「9・11テロ 失敗から学ぶ (asahi.com : コラム : 船橋洋一「日本@世界」)」の指摘が興味深かった。確かに「9・11テロ独立調査委員会」の報告書から分かるアメリカの民主主義の底力は本物なのだろうと思える。そして、日本は本当に民主主義が根付いた国なのだろうかという疑問がまた浮かんでくるのだ。隠蔽体質なら立派にはびこっているようなのだけれど。

 日米で思い出したが、沖縄のヘリ墜落現場に小泉首相はまだ行ってないんでしたっけ。夏休みとやらで沖縄県の稲嶺知事とも会うのが遅れたくらいだから。北方領土を視察してロシアを刺激する暇はあっても沖縄へは行けないのか。人的被害が出てなかったから良しという問題ではないだろうに。何だかなぁ。

9.11―あれから2年
9.11――あれから3年・2

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2004.08.10

長崎原爆の日、同時に鐘の鳴る小倉。

 8/9は長崎原爆の日。NHK長崎の「体いっぱいで原爆を語り継ぐ」を見る。昨年の平和祈念式典で、ろうあ者の被爆者代表として手話で平和への誓いを述べた山崎栄子さんのその後の1年を追った番組。聞こえないが故に長年原爆の真実を知らずにいたが、だからこそ77歳の今も語り続けている彼女が全身で語りかける手話は、単なる言葉を越えて、画面を通してまでその空気の震えを伝えてくるものだった。

 「もし長崎でなく小倉に原爆が落ちていたら、生まれていなかったかも知れない」と母に聞いたことがある。8/9の第一目標は小倉の造兵廠。母の生まれた下関は、そこから5km程しか離れていない。この距離であれば直接の被害は免れたかも知れないが、長崎型の原爆は広島型の約2倍の威力と言われており、海を渡り遮る物がない地形では、何らかの被害が及んでいた可能性も考えられる。実際、先の長崎の山崎さんは投下時刻に爆心地から6km離れていたが、地面から突き上げる衝撃は凄まじかったという。小倉が目標とされた理由の一つには、海底トンネルの存在を指摘する声もあり、そのことを考えると、対岸の下関に何が起きていてもおかしくはない。

 小倉に投下されなかった理由は、当日の天候不良だとよく言われており、自分もそう思っていたのだが、今回調べてみて、視界を遮ったのは雲だけでなく、前日の八幡空襲の煙も加わっていたことを知った。原爆投下目標とされた小倉は空襲対象から除外されたが、原爆投下が極秘事項であったために、すぐ隣の八幡は空襲を受け、そのために小倉に投下できなくなったというのである。それでも小倉では3度投下が試みられたが断念、燃料も残り少なく沖縄への帰路に長崎を通り、海に捨てるくらいならと、雲間からわずかに覗いた長崎の市街地に1度の侵入で原爆は投下されたのだという。小倉の造兵廠跡の勝山公園にある「長崎の鐘」は、長崎への原爆投下時刻に合わせて鎮魂の音を響かせるという。

 今年の長崎の平和宣言は「はたして世界のどれだけの人が記憶しているでしょうか」と始まり、米国をはじめとする世界の市民に核廃絶を訴える内容となっている。米国への呼びかけは、それが原爆を投下した国だからではなく、今も核の威力に固執している国だからだ。唯一の超大国であるのなら、本来は率先して核廃棄を行い、世界を導く役割を果たすべきなのだ。それをせずに、「大量破壊兵器所持疑惑」だけで戦争を仕掛けるという現状を、恥ずかしいとは思わないのだろうか。

 そんな祈りの日に、美浜原発の事故で4人もの方が亡くなった。NHKのリポーターが原発を原爆と言い違えていたが、放射能漏れがなかったから良かったという事故ではないはずだ。亡くなられた方の冥福を祈りつつ、原因究明を待ちたい。

長崎と小倉
戦捜録:投下!~小倉上空10時44分~ 小倉から長崎へ投下目標が変更された経緯についての詳細。「八幡への記念爆撃」という事情についても。
おとうさんといっしょ: 長崎原爆記念日 八幡空襲について。
No Blog,No Life!: 「プルトニュウムの恐怖」 「長崎の鐘」の歌などについて。他の記事も興味深いです。

原爆一般
原子爆弾
原爆はなぜ投下されたのか
原爆投下(げんばくとうか)  小倉と海底トンネルについて。
平和について考えよう!被害状況 広島・長崎の被害状況を地図で比較。
原爆投下容認論への反駁 マッカーサーの証言など。
~ふぐ屋、風と共に去らぬ~: 朝日新聞を読む 経由 ジャスミンの徒然日記:原爆記念日。。長崎 イギリスでの報道に唖然。「はたして世界のどれだけの人が……」の声は届くのか。

長崎平和宣言 英語版もあり。
「原子力大国」フランスでも大きく報道 美浜原発事故 - asahi.com
NHK広島放送局 - 平成16年(2004年)夏「ヒロシマ」特集番組 今週はNスペなど。

関連記事
Nスペ「復興~ヒロシマ・原子野から立ち上がった人々~」
その時歴史が動いた「さとうきび畑の村の戦争」 8/12(木)26:05~再放送←中止

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2004.08.07

Nスペ「復興~ヒロシマ・原子野から立ち上がった人々~」

 アメリカ国立公文書館で発見された、被爆直後の広島の航空写真。米軍が原爆の威力を調査する目的で撮影したものだが、期せずしてそれは広島の復興を記録するものとなった。航空写真の立体視像をCGで作成し、当時の光景が3DCGで再現される。原子野と呼ばれた荒野に焼け残った建物は救護所となり、そしてそこに立てられるバラックは復興の拠点となっていく。

 今回使われた航空写真の撮影日は、昭和20年7月25日、8月8日、8月11日、昭和22年4月11日。被爆前と2日後で歴然とする変わり果てた姿。8/11の写真には被爆直後の川を遡る船が写っていた。日本軍・暁部隊の大発とよばれる揚陸艇である。両岸が燃え盛る爆心地へ赴き、野戦病院が出来た似島へ被災者を運ぶなど救援活動に奔走した。8/8の写真と比べると、8/11に撮影された写真には、道が通れるようになり、テントが張られるなど復興の第一歩が写されていた。

 遺骨を拾った焼け跡から一時は離れながらも、原爆ドームの近くで芽吹いた緑に勇気付けられてテントを張り、そして市営住宅の斡旋を受けて食料品店を再建し、朝から日没まで食糧配給に明け暮れた人がいる。庭石だけが残る我が家にたどり着いた薬学生は、亡くなった父を継ぎ家業の薬屋再建を誓う。

 復興顧問として広島に赴いた米兵。都市工学の知識を生かしたいと志願した彼は、広島の惨状と人々の復興への思いから、復興にはアメリカの支援が必要だと訴えるが、米軍はこれを無視した。原爆を投下し、その威力を調査することには腐心しても、広島の復興は占領軍のすることではないというのだ。

 広島市役所の職員は「むしろ生きたことをのろう」と手記に綴りながらも、救護所から市役所に通い、復興局の課長として働いた。「この戦争は間違っている、そう言って牢に繋がれた人が居た。自分はそうできなかった。ごめんな」と娘に語り、自分が復興させた広島を受け継ぐのは娘の世代なのだと説く。当時の米軍は原爆の被害の大きさが広まることを危惧し、原爆に関する言論を制限していた。その中で昭和22年、第一回平和祭が催される。平和宣言の作成に携わった彼は、そのことで逮捕されることも覚悟し、子ども達に宛てた遺書を残した。そうまでして書かれた平和宣言には、「戦争の惨苦と罪悪とを最も深く体験し自覚する者のみが苦悩の極致として戦争を根本的に否定し、最も熱烈に平和を希求するものである」と綴られていた。

 平和記念資料館には、原爆投下の翌日、原子野に掲げられたという旗が保管されている。血のりのついた布に、焼け跡の炭で書かれた「復興」の文字が記されている。

 以下感想。確かに原爆投下による大量殺戮という悲劇はこの上ないものだが、残された人々が「生きなければならなかった」悲劇というのも想像に余りあるものだ。「70年草木も生えない」と言われた死の都で復興を果たそうとする人々の血と汗の結晶が、今の100万都市・広島の姿だ。土地の権利がどうあろうとも、空き地を畑にして食糧危機を乗り切ろうと呼びかける市の広報。今でこそ残留放射能の問題が脳裏を掠めるが、当時の人々は生き抜くのに必死だったのだ。

 平和宣言を書くのに遺書を残した復興局課長。戦時中は国家が、そして戦後は占領軍が言論を封じる中、その覚悟たるや計り知れない。彼が今の日本を見たら、何と思うのだろうか。8/6の広島で発砲事件など、信じられないことだろう。

 また番組では語られていないが、米軍復興顧問の26歳だった彼は、広島を壊滅させた母国の支援が受けられないことで無力感を感じたかもしれないが、それでも自分にできることを精一杯やったのだろう。そう思いたい。第一回平和祭の写真には、米軍人の姿も見えるが、平和宣言を読み上げる市長の後ろで、大きく脚を組んで座っている。市長に対する敬意が感じられないと思うのは自分が日本人だからだろうか。それとも占領軍というのはああいうものなのだろうか。「クローズアップ現代」の8/4放送分は「終わりなき核被害~50年目のビキニ事件~」で、ここでも治療ではなく調査のために医師を派遣したアメリカについて報じられていたが、何もこの問題は半世紀前のものではなく、今もそこにある疑念であり、問い続けなければならないものだろう。

 59年目を迎えた今年の平和宣言にはこういう文言がある。

私たちの目的は、被爆後75年目に当る2020年までに、この地球から全(すべ)ての核兵器をなくすという「花」を咲かせることにあります。そのときこそ「草木も生えない」地球に、希望の生命が復活します。

 「草木も生えない」のだ、今の地球は。この感覚は広島に生きる人だからこそのものなのだろう。9日は長崎原爆の日。

 Nスペ公式を見る限り、再放送の予定は現在のところ未定。
 来週のNスペは、13日「一兵卒の戦争」、14日「遺された声 ~録音盤が語る太平洋戦争~」、15日「子どもたちの戦争 ~戦時下を生きた市民の記録~」というラインナップ。この他の関連番組についてはNHK広島放送局の特設ページが詳しい。

NHKスペシャル公式
NHK広島放送局 - 平成16年(2004年)夏「ヒロシマ」特集番組
Yahoo!ニュース - 広島・長崎原爆
広島平和記念資料館WEB SITE
平和宣言(広島) 過去全ての平和宣言が掲載されています。
長崎平和宣言

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2004.08.05

その時歴史が動いた「さとうきび畑の村の戦争」

 「その時歴史が動いた」8/4放送は、第171回「さとうきび畑の村の戦争~新史料が明かす沖縄戦の悲劇~」の再放送。TBSの「さとうきび畑の唄」をご覧になっていた方は、NHK総合で8/12(木)26:05~(8/13(金)02:05~)に再放送があるので、こちらも是非。←残念ながら中止になりました

 戦前、さとうきびの生産量では沖縄でも指折りだったという西原村。沖縄戦で西原村の犠牲者は住民の47%にまで達した。米軍の沖縄上陸を目前として、西原村では防衛隊員として17歳~40歳の男性の9割が現地徴用されることになったが、実際には既に疎開するなどで人数は足りず、70歳や14歳といった対象外の男性までが「根こそぎ動員」された。こうして男手を失った西原村には高齢者・女性・幼子が残されたが、北部へ疎開するよう言われても、徒歩での移動や現地での食料の自主調達などの無理な条件もあり、多くの村民はそのまま残ることになった。

 4/1、ついに米軍は北谷に上陸。第32軍の司令部のある首里を目指す途中に、西原の丘陵地帯が立ちはだかっていた。沖縄へ55万を差し向けた米軍に対し第32軍は7万余。日本軍は米軍を上陸させ、西原を防壁とした持久戦に持ち込む作戦をとった。しかし米軍の圧倒的な火力に、日本軍は夜間の「斬り込み」作戦で対するしかなく、「沖縄を守るためだ」と言われた防衛隊員の少年達まで動員された。そして、この作戦の内容が米軍に渡ったことが、悲劇を拡大させた。

 その史料には、日本軍が現地の住民に紛れるようにして作戦行動することが記されていた。米兵に現地住民と日本兵の区別などつく訳がなく、西原村に残るしかなかった民間人にも銃口が向けられたのだ。住民は日本軍と共に南部へと逃げ、喜屋武岬にたどり着く。海からは艦砲射撃、空からは機銃掃射、陸からは戦車が追い詰める中を逃げ惑い、米軍の捕虜の扱いが残虐なものだと教えられていたが故に、軍人も民間人も自決の道を選んだ。そして司令官自決の6/23をもって、日本軍の組織的抵抗は停止したとされるが、実際には戦闘は続いていた。8/29、抵抗を続けていた部隊が武装解除に応じ、9/7に公式に沖縄戦は終結した。

 「これで父母に会える」と言った兵士が居た。しかし、その父母は既に死んでいたというのが沖縄戦だ。別の少年は父の残したさとうきび畑を耕し始めたが、畑は戦車が踏みしめてスコップが立たないほど硬くなっており、焼け野原で枯れ木を集めて仮小屋を作るしかなかったという。59年経って、さとうきび畑は平和に見える。しかしその下には、今も多くの遺骨が眠っている。


 以下感想。平和の礎の沖縄戦犠牲者の名前にあった「■■の母」。こういった犠牲者が居ることが悲劇の大きさを思わせるが、その人が居たという事実が刻まれただけ良いのかも知れない。今もまだ名前が分からない人も居るのだろうから。

 上陸した米軍を見て、その圧倒的な兵力に「こんな米軍と戦っている日本軍は強い。日本は絶対負けない」と思ったという在りし日の少年。敗走を続ける中、死んだ戦友に「お前は良い。五体満足で死んでいるじゃないか」と笑ったという人。そして数多の死に涙は出なかったという人。沈黙の中「何故ですか」と問う取材班に、ぽつりぽつりと「何故ですかね、涙が出る余地もなかったんですかね」と答えられては、それ以上問うことも出来なくなるだろう。

 当時15歳~20歳の若者達、27歳で身重だった女性、そして元米兵の証言と、多くの記録映像で綴られるその説得力は圧倒的だ。今回は触れられていないが、日本軍と共に逃げた民間人は日本軍に殺されたとか、全てを焼き尽くした米軍が支配し、本土復帰を果たした今も駐留するその地の痛みだとか、そもそも琉球王国に薩摩藩が手を出した歴史だとか、沖縄はとにかく重いのに、見聞きしたことは氷山の一角に過ぎない。そして今日も地球のどこかで殺されていく人が居る、その現実も重い。

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2004.07.29

8/4はさとうきび畑×2

 「その時歴史が動いた」7/28放送は、 第188回「日米開戦を回避せよ~新史料が明かす最後の和平交渉~」ということで、第160回の同名の番組の再構成でした。興味深い番組だったので素直に再放送でえぇやんとも思いつつ、また見入っておりました。自分にとっての新史料は「ハル・ノートは5枚のメモ書きだった」ですかね(^^; これは差し替え部分なので。

 そして来週8/4は、第171回「さとうきび畑の村の戦争~新史料が明かす沖縄戦の悲劇~」の再放送。本放送で見て実に印象深く、録画もしてないからまた見たいと思っていたので、この再放送は嬉しいんですが、よりによって裏番組がこれ。

さとうきび畑の唄(TBS)

2004年8月4日(水)21:00~23:39「水曜プレミア」内で、再編集されたディレクターズカット版が放送されます。

 おいおいNHKの「その時」(毎週水曜・21:15~)の真裏だよ! さとうきび畑を重ねてどーすんだよ! しかもどちらも再放送というのが何ですが、それだけ反響が大きかったということなんですよね。困ったなぁ。TBSのドラマの方、気になりつつも民放のドラマを見る習慣がなくって見逃していたからこちらも見たかったんですよ。HDDレコーダーはチューナー1つのなんで、TBSをHDD、NHKをVHSで録画するかな。

 TBSの方はぴっくあっぷ。さん経由。ありがとうございました(^^)

関連記事
「その時 歴史が動いた」日米開戦を回避せよ
沖縄慰霊の日
その時歴史が動いた「さとうきび畑の村の戦争」

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2004.07.23

ロボット技術に米の触手

 朝日新聞7/18付経済面「同盟経済」第13回「ロボット技術に米の触手」。米軍は冷戦終結後に軍事費を大幅削減し、民間や同盟関係にある国々との研究開発を進めている。日本も例外ではなく、金沢工大での炭素繊維の研究には米海軍が45万ドルを出している。米国の弱い分野を日本が補完する「分業」が行われているのだ。そして米国防総省が注目しているのが日本のロボット技術だ。

 この記事では以前Nスペで取り上げられていた「ロボットカー」についても触れられていて、件のレースには日本の自動車メーカーなども車両提供などで協力していたとある。そして日本政府は、ミサイル防衛で進めている米国との共同研究だけでなく、共同生産を可能とするために武器輸出三原則を緩める方向で検討している。

 しかし日本の研究者や企業は軍事への関与に抵抗感を示す。テロの脅威を強調しながらパワードスーツの共同研究を持ちかけられるも、学生の「軍事はやめましょう」の一言で我に返って断ったという筑波大の教授。液晶のシャープもロボットのホンダも非軍事・民生でやっていくという。それでも日米政府は軍事技術を含めて同盟強化を計ろうとしている。――というのが記事の内容。

 Nスペではレースに参加していた日本人大学院生が紹介されてはいたものの、日本政府や企業の動きは見えなかったから、非軍事でという姿勢の企業があると知れて良かった。

 なお、7/22付の天声人語でも武器輸出三原則について触れられている。

 日本の武器輸出を事実上、全面的に禁止してきた「武器輸出3原則」の見直しを求める提言を、日本経団連がまとめた。提言は国際的に装備・技術の高度化が進む中での立ち遅れなどを懸念する。しかし一般の産業と同じように立ち遅れを問題にしていいのだろうか。
 仮に、輸出が可能になったとする。新技術の開発に努め販路拡張を図るだろう。外国への売り込みも激しくなされる。それは何を意味するのか。兵器産業の場合、取引拡大を望むことは、兵器が使われる状態を望むことにならないか。

 「武器を所持すること自体が抑止力となる」とか何とか言い返されそうな気が。この問題の困ったところは、現に日本でこの種の産業で食べているひとが居るということだ。ただ前にも書いたが、太陽の牙ダグラム#34「武器は誰がために」でのレーク・ボイド少佐の

 「(武器を)売るだけでなく、一度ご自分で使ってみたら如何ですか。これがどんなものか良く分かりますよ」

 という台詞は、たかがアニメだなんて言えないものと思えるのだけれど。
 7/23付朝刊での経団連夏季セミナーでの9条を巡る話を見てると、東電社長の慎重論にほっとする。

 余談。この「同盟経済」の記事自体はasahi.comにはなかったが、レースの記事は「無人ロボット自動車レース、完走はゼロ」として「文化芸能」にあったというのが何とも。普通のレースと同じ扱いになってたんだろうけど。「ロボット自動車レース」で検索してみると、そういう視点で見てる記事の方が目に付くような気が。

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「カラシニコフ」単行本化

 先に朝日新聞で連載されていた「カラシニコフ」(松本 仁一:著)が単行本になりました。連載分(カラシニコフ 銃・国家・ひとびと)は全部切り抜いて読んだのですが、大幅加筆されているとのことで読み直してみたいなとも。

 ただ新聞広告に出てたコピーの「『悪魔の銃』の設計者、カラシニコフは生きていた!」というのはどうかと。「カラシニコフ(AK47)」という銃をめぐる人々をじっくりと追った長期連載は、知られざる物語を浮き彫りにする地道な発掘作業だったと思えるので、何かあの文面はちょっと頂けないような気がします。寧ろ帯にある、

「悪魔の銃」、カラシニコフ
ひとびとや国家にとって、銃とはいったい何なのだろう

 というコピーが妥当でしょう。銃を手にしなくては生きていけないひと、そして銃を手放そうとするひとびとを追うこの連載を読んで、銃を知ることなく学校で好きなことを学んでこられた幸運を振り返らずには居られなかったのですから。

 「朝日新聞社の本」の検索結果に立ち読みページあり。とはいえ印刷物のスキャンなので少々読み辛いです。テキストそのままを出してくれると良いのですが。

 以下、連載時の各部の題名に簡単な内容を並べて紹介に代えておきます。単行本とは内容が異なるかとは思いますが、ご了承ください。

11歳の少女兵(シエラレオネの少女ファトマタが手にしたAK47)
設計者は語る(「母国守りたかっただけ」というカラシニコフの言葉)
護衛つきの町(銃の欠かせないソマリア・モガディシオで最大の問題は治安)
失敗した国々(地図に線を引いただけの国では国家の建設は失敗する)
襲われた農場(南アフリカで武器は都会から締め出され地方へ向かう)
銃を抑え込む(ソマリア・ハルゲイサのひとびとが望んだのは「銃で壊れない国家」)

追記

 実際に単行本を読まれた方の感想など拝見すると、そもそもカラシニコフ氏存命という情報に驚いたところから取材が始まったというような経緯が加筆されている模様。そういうことならあのコピーは正しいのだなと。やはりちゃんと読まなくてはです。

関連記事
カラシニコフ~11歳の少女兵

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2004.07.03

イラク主権委譲と自衛隊50年

 6/28、2日前倒しになった主権移譲。とはいえ、CPAから暫定政府に看板が変わっただけという印象も強い。主権委譲前から酷くなった暫定政府をターゲットとしたテロは治まる気配もなく、殺された人の数はまるで日本の交通事故死者を数えるように挙げ続けられている。慣らされていくのに気付き、頭を振る。

 米軍言うところの連合軍から多国籍軍へとこちらも看板は変わったが、米軍は主権委譲後もファルージャを空爆している。そういえば参院選関連でのNHKの番組で、自衛隊が多国籍軍に参加することについて「多国籍軍という名前がつくだけ(で活動は変わらない)」とかいう言葉が出たが、この言い分は米軍の受け売りに過ぎないのに、日本の政治家が言うと、こういう言葉で言いくるめられているような印象を受ける。

 独立国家なのに他国の軍隊が駐留しているのは日本も同じことだが、イラクを見ていると、独立したのに6軍が居座ってるデロイア状態だなぁと見てしまうのがオタクの性。しかしイラク情勢をつぶさに見ていると、ダグラムというのは、戦場という現場よりも会議室で事件が起こっていたような作品ではあっても、現実に比べればそれでも確かにエンターテインメントだったのだと改めて思う。地味ながら骨太な良作。

 7/1、自衛隊が創設50年。同日付の朝日新聞の特集「秘められた軌跡」が読み応えあり。朝鮮戦争に米軍の要請で海保の掃海艇が出動して死者1名だとか知らないことも多い。自衛隊発足直前に参院が自衛隊の海外出動禁止決議というのは、当時は確かに良識の府だったのだなと。今度の参院選はどうなるのだろうか。

イラク主権移譲、前倒しで完了 CPA代表が宣言 - asahi.com : 国際
「多国籍軍に統制必要」 イラク駐留米軍准将 恒久的基地設置は否定 (産経新聞) - goo ニュース

自衛隊50年関連
自衛隊が創設50年 任務・組織は転機に - asahi.com : ニュース特集 : 有事法制
自衛隊50年――「軍隊でない」を誇りに - asahi.com 社説 06月30日付
自衛隊:創設50年 日米と9条に揺れ続け - MSN-Mainichi INTERACTIVE 国会
[自衛隊50年]「『集団的自衛権』解釈変更を急げ」 - YOMIURI ON-LINE / 社説・コラム(6月30日付)
自衛隊50年*国民の思い届く存在に(7月1日)- 北海道新聞 社説
自衛隊50年 武力行使せぬ誓いを - 沖縄タイムス 社説 2004.7.1

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2004.06.23

沖縄慰霊の日

 59回目の祈りの夏の日は、イラクで韓国軍の撤退と追加派兵の撤回要求を求める武装グループの人質になっていた韓国人男性が殺害されたというニュースで明けた。同じように人質になった日本人は幸いにも解放されたが、この生死を分けたのは何なのだろうか。彼は誰に殺されたのだろうか。この報せを、米軍基地の集中する沖縄ではどう受け止めているのだろうか。こんな犠牲はもう要らないという言葉と共に、改めて殺された人々の冥福を祈るより他なく。

 6/23は「沖縄で組織的戦闘が終わったとされる日」であり、実際の戦闘は日本が降伏した8/15を越えて、9/7の降伏文書調印まで継続された。その意味では、この日付は単なる節目でしかないのかも知れない。しかし沖縄をとりまく世界の現状を見るに、やはり節目でしかないのかという思いにも至る。戦争は、いつになったら終わるのだろう。小泉首相は式典出席するもまたとんぼ返りだろうか。

 3月末に放映された「その時歴史が動いた」の第171回さとうきび畑の村の戦争~新史料が明かす沖縄戦の悲劇~の内容を振り返る。住民はどのように地上戦に巻き込まれていったのか、そして西原村は何故47%という高い犠牲率となったのか。公式サイトの記録を読んでいても、番組を見たときの背筋の寒さとこみ上げてくる熱さとを思い出す。今日は丁度水曜なのだから、この再放送をやって欲しかったような気がするものの、「その時」を9/7と設定しているから今日では意味が異なるのか。

 先週の「その時」は日露戦争・ポーツマス講和会議。外交の話は面白いと思いつつ、やはり日本の交渉事の手管は外国に一歩劣るような気がしてならない。小村寿太郎の「成果を出さずに帰国すれば爆裂弾を投げられるかも」という危惧は日比谷焼き討ち事件となりある意味現実化する。それは日本政府が事実を隠蔽して国民に戦争を肯定的にしか見せようとしなかったからであり、その体質が一度はこの国を滅ぼしたのだ。しかし今でも同じ宿痾はそこかしこに巣くっている。とりあえずの平和の中での祈り、それを終わらせてはならないというのに。

その時歴史が動いた「さとうきび畑の村の戦争」

沖縄県公式
沖縄戦関係資料閲覧室 6月23日慰霊の日
Yahoo!ニュース - 韓国イラク派兵問題
韓国人人質、殺害される 米軍が遺体発見 - asahi.com : 国際

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2004.05.21

米軍またも結婚式空爆か

 誤爆が事実だとすれば、アフガニスタンの皆さんも怒りを新たにしてるんじゃないでしょうか。祝いの場が嘆きの場になり、血と涙を流された方々に心より哀悼の意を表します。

イラク:米軍誤爆か、結婚式の40人以上死亡(毎日新聞)

 でも、世界一おっかない軍隊が空に陸にうようよしてるご時世なのだから、慣習とはいえ祝砲は控えた方が良いとも思います>現地の皆さん。余計なお世話かもしれませんが。

 そして、またしても誤爆を否定してるんですが。真相はどこにあるのやら。

空爆は「武装勢力への攻撃」 イラク駐留米軍、誤爆否定 (asahi.com)


 人質虐待には開いた口がふさがらず。兵士というものは上官の命令を聞くもので、上官さえモラルを守っていれば部下は何もしないというのは軍隊に対する幻想ですか。ま、ネイビーファイル見てたら天下の米海軍も人の子ばかりだと思いますけど。

 統治評議会ムハンマド議長が自爆テロで殺害された事件も痛ましく。持ち回り議長だから個人でなく統治評議会を狙ったという見方もあり。国連のブラヒミ氏案も難航してるようで(暫定政府閣僚選びを報道の米、国連「ブラヒミ案つぶし」 (asahi.com))、そもそも何でこんなことになってしまったのかと。

 国内も口あんぐりな話が続いてて、お隣の国との一件も気になるところ。どうぞ、よい風が吹きますように。

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2004.05.16

Nスペ「疾走 ロボットカー」

 上のタイトルだけなら何だか凄く面白そうなんですが、その全文は「疾走 ロボットカー ~アメリカ軍の未来戦略~」。ロボット化した車を軍事利用しようという米軍の現状について。再放送は5/18(火)24:40~。

 あぁぁ気持ち悪い(のっけからすみません)。やっぱりアメリカって国は自分さえ生き残れば世界が滅んでも良いと思ってるとしか思えない。だから京都議定書も核廃絶も今のイラクにしてもあんな風に扱えて、しかもこんなことやってるんだ。

 いや、ロボットカー自体は有意義だと思うんですよ。高速道路とかで車の流れを自動化すれば、防げる事故もあるのだろうし。今も火星で頑張ってるはずの無人探査機とか、今回出てきたカーネギー・メロン大のロボット研究所の先生の、スリーマイル島原発事故の際に放射線除去作業をしたロボットとか、南極で隕石拾ってたロボットとか(日本は人間が拾ってるが)、そういう使い道には有意義だと思うんです。

 でもこれは、戦場で人殺しのために使うんですよ。自軍の兵士の犠牲なしに。たとえそれが輸送任務であっても、人殺しに使うものを運ぶなら同じこと。そして多分そのうちに、ロボットが人殺しも始めますよ。無人飛行機は既にリモコン操作で人殺しをしてますが、今回扱ってるロボットは人工知能で自分で判断して動くやつだから、そのロボットの判断での人殺しが始まるんだ。行き着く先はF91のバグだなぁと思ってしまうのがガンオタの性ですが。核は誰かさんがボタンを押したら最後の究極兵器だからねぇ、自分の手を汚さずに人殺しが出来ればそれで良いんだねぇ。あぁぁぁ気持ち悪い。

 ロボットカー開発の背景には圧倒的な軍事力を有しても日々米兵が死んでいく現状があり、またそれが国民の支持を失わせていく実情がある。「アメリカの今後10年の戦場は砂漠」と国防総省の担当者だったかのコメントがあったけど、それって他所様の国ですよね。そもそも何で他所様の国で自軍の犠牲が出るのか、根本を考えるべきじゃないですかって、だからわざわざ鉄砲もって出かけるのか。三宅アナのコメントにもあったけど、自軍の兵士が死ぬことが戦争の抑止力になっているのなら、自軍の兵士が死なない戦争に歯止めはあるのだろうか。ロボットに人間が殺されていく戦争に対する歯止め。それは人の良心であるはずなのだけれど、それを、信じたいのだけれど。

 米軍では2010年を目処に飛行機、2015年と言いつつ実際には2025年を目処に車両の1/3をロボット化する意向とのこと。無人偵察機どころか、それにミサイル積んだ無人攻撃機は既に実用化されてアフガニスタンやイスラエルの空を飛んでいて、空の無人化は進んでいても、陸の無人化はまだまだ文字通り険しい道。そりゃ人乗せなくていいんだから飛行機は簡単に飛んじゃうよなぁ。ほんと三角形な無人機がひょいっと空を飛んでしまうのにはうっかり綺麗かもと思ってしまいましたが。

 で、ロボットカーの開発は軍用トラックのメーカーや世界最大の半導体メーカーなど産学を巻き込んで進み、賞金1億円を掛けてレースが始まる。日本人の大学院生がレーザーセンサーの安定機を担当したカーネギー・メロン大。二輪で挑んだベンチャー起業を目指す青年(惜しくもリタイアしたが目の付け所は鋭い)。空の無人化を進め、陸に進出しようとするイスラエル企業。難題をクリアする喜びは、日本でやってるロボコンに通じる笑顔にも見えるのに、その先にあるのが血塗られた道であるが故に背筋が寒い。音消してたら面白いと思って見てたかも知れない。それが怖い。

 あぁぁぁぁ、踊るロボットとか介護支援用パワードスーツとか、災害救助用に人が乗って操縦できるロボットとかそういうのを嬉々として開発してる、平和の国日本に生まれて良かった(i_i) 少なくとも今の憲法では日本が作ったロボットが他所様の国で人殺しなんてしなくてすむもんね。そんなことあってたまるもんですか。つーか、この拒否反応は「ロボットに人間は殺せない」とゆーアニメの見すぎですか? それだけじゃないと思うんですけど。あぁぁぁぁぁ。

NHKスペシャル公式
ロボット技術に米の触手

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2004.04.21

Nスペ「イラク復興 国連の苦闘」

 そもそも国連をないがしろにして米英が勝手に始めた戦争の後始末を何で国連がせにゃならんのだという気もするものの、だからといって米英はもうお手上げなので国連が何とかせにゃなりません。そんなイラク復興の主導権を何とか国連が握ろうとする苦難の日々(現在進行形)の記録。4/18の放送で、番組最後に16日付けで国連ブラヒミ氏案を米英が受け入れたとかいう方向のテロップが入るあたり、最近のNスペはギリギリまで編集をしているのがよく分かります。リアルタイムの世の中を追うのに、Nスペのレベルでまとめてくれるのは嬉しい所。「ドキュメント・エルサレム」前後編は今再放送しても需要はあるような気が。

 ちょっと朝日新聞4/18付け読みながら見ちゃってたんでうろうろなんですが、たまたま社説が「国連主導――最後の切り札を生かせ」(もう国連に任すしかないよ説)で、オピニオン面には「イラク支援 文民主体で:NGO責任者大西氏に聞く」(国連に過度の期待も禁物)なんてのが載ってて、それを見比べながらさらにNスペ見てたんで、うーんでも国連スタッフも一生懸命やってるよなぁと思ってしまうのが映像の力なんですが。

#後者の記事に関しては朝日新聞4/19付け国際面に「イラク旧政権下の人道援助活動 国連高官にも疑惑噴出」という記事もあり。

旧フセイン政権時代のイラクで行われた国連の人道援助活動「石油と食糧の交換計画」を巡る不正疑惑が、波紋を広げている。旧政権がリベートなどで約101億ドル(約1兆900億円)の不法収入を得ていた疑いに加え、国連幹部が関与した疑惑も浮上しているからだ。さらに、イラク戦争を批判した元国連大量破壊兵器査察官が、旧政権と関係のあるイラク系米国人から資金を提供されていたという報道があり、旧政権の国際世論対策にも資金が使われた疑いが出ている。

 結局は人間のすることだから完璧ということはありえないのだろうけど、やはり最後は同じ人間として相手を信じるしか道はないのだろうとも。そう思うと、イスラエルの子供たちに人間不信になるなと教えるのは酷というものか。3/22に米国を除く世界中から非難されて舌の根も乾かぬうちに再びテロに走れる国家というものを信用するのは難しい。心あるイスラエル人はパレスチナ人のために泣けるというのに。

Nスペ公式

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2004.03.29

Nスペ「テロ 遺族たちの対話」

 イスラエルとパレスチナの物語。再放送は3/29(月)2415~。Nスペ公式の放送記録にはまだ個別ページはありませんが、そのうちupされると思います。

 以前朝日新聞で同じような連載があったと記憶していますが、この時期に映像で見られて良かったです。名前などメモを取りつつ見ていたんですが、一旦ペンを持つと台詞を起こし始めてしまう癖が……というのはともかく、そのくらい密度の濃い番組でした。

 イスラエルではこの3年で100件以上の自爆テロと軍事行動が繰り返されている。その間の犠牲者は3500人を超える。放映の5日前(3/22)にはヤシン師が殺害され、ハマスは即座に報復。既に20人以上の犠牲者が出ている。こうした報復の連鎖を断ち切るには、一人一人が相手への憎しみを乗り越えるしかないと、遺族達が活動を続けている。

 イスラエル人遺族のロニー・ヒルシェンゾン。長男を連続自爆テロで失い、そして兄や親友が殺されたことで希望を失った次男は自ら命を絶った。「報復を求めても息子が戻ってくる訳ではない、憎悪の連鎖を断つことが息子の遺言だ」と、報復より対話を求める「遺族の会」の活動に従事している。事務所の壁にはラビン元首相の言葉。「困難や痛みを伴う道だとしても、戦争より和平の道を望む」

 ロニーが連絡を取ったのは、自爆テロで息子を失ったヨシ・メンドロビッチ。「怒りや憎しみでは問題は解決しない」というロニーに「相手を許せというのか」と問うヨシ。ロニーは答える。「許せとは言わない。しかし報復を求めても何もならない」

 平和を求める難しさを、ロニーは知り尽くしている。遺族の会は450人。しかし報復支持のデモには10万人の人出だ。無言でプラカードを掲げる遺族に痛烈な声が飛ぶ。「あんたたちはパレスチナに住みなさいよ」

 パレスチナでも200人以上が武力行使に反対の声を上げている。イスラエルによる730kmにも及ぶ壁に閉ざされたその地には、イスラエルと行き来ができないことで、互いの実情が分からないからこそ余計に緊張すると考える人が居る。ヨルダン川西岸の遺族ガジ・ブリギスは、自爆テロの犠牲者の遺族が新たな自爆テロの実行犯となる現実の中、その実行犯の遺族を訪ねる。「悲しいが娘はパレスチナの誇り。しかしイスラエル人の遺族は自分より深い悲しみを抱いているだろう」と言う母。「自爆者こそイスラエルの被害者」だという遺族に、ガジは説く。「パレスチナ人であることを置いて、一人の人間として考えてみてくれ」

 1/23、双方の遺族の対話集会が開かれた。肉親が殺されたことを話すのも初めてなら、聴くのも初めてのことだ。非難の応酬が始まると席を立つ人も出た。ロニーは言う。「イスラエル側、パレスチナ側でない第3の側を提案する。双方を繋ぐ役目だ。皆痛みを持つ兄弟、皆苦しみを持つ兄弟なのだ」それに応える声。「私達でさえ対話が出来るのだ。もっと話そう」対話は、18時間に及んだ。

 しかしこの直後から報復の連鎖は激化する。ロニーは言う。「血の応酬は止められない。我々に出来るのは、憎しみの連鎖を止めることができるかもしれないと示すだけだ」対話集会には出ず、アラブ人の顔を見るのを避けてきたヨシは、息子の学校が交流していたアラブ系の中学校から招かれる。対話に応じた中学生が言う。「あなたのように遺族が対話を求めることこそが希望だ」

 ロニーはガジを訪ね、自分の目でパレスチナを見る。本来ならかすかな希望へと目を向けていくラストであるはずなのに、5日前の事件を繰り返し告げて番組は終わる。ロニーの次男が失った希望。ヨシの息子が模索していた希望。二人の父が交わした、「私だって許すことはできない(ロニー)」「もう少し時間が経てばあなたたちの取組を理解できるかもしれない。許すのではなく和解ということならね(ヨシ)」といった言葉が印象的だった。


 先のヤシン師殺害に関して、日本の外務省がイスラエル大使を呼んで非難を表明した際の大使の言葉。「ヤシンはビン・ラディンと同じだ。殺しても誰も何も言わない」――そんなことはあるまい。現実にハマスは報復テロに走っているし、あんな殺し方はテロそのものだ。フセイン元大統領だって逮捕され裁判を待っているはずだ。必要なのは法による裁きであって、単に命を奪うことではないはずだ。だからといって死刑にすれば良いとも単純には思えないのだけれど。

関連記事
Nスペ「文明の道」第7集 エルサレム・和平・若き皇帝の決断
Nスペ「ドキュメント・エルサレム」前編
Nスペ「ドキュメント・エルサレム」後編

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2004.03.23

イスラエル、ヤシン師を殺害

 モスクから出た帰路、ヘリコプターからミサイルを撃ち込まれて即死だったとのこと。死の直前、彼は何を神に祈っていたのだろう。彼が神の御許で安らかであるよう、今は彼の神に祈る。

 「彼はテロリストの首謀者として数多のイスラエル人を殺した」というのが、今回自ら指揮を取ったというシャロン首相の言い分だが、それでもこれが人間のすることなのだろうか。血塗られた手で聖地を手に入れて、それを喜ぶものを神とは呼びたくない。二千年掛けて流されてきたユダヤ人の血と同じだけのパレスチナ人の血を流さなくてはならないという道理はないだろう。

 で、国連や欧州各国の非難の一方で、やはりこういう反応。

@nifty:NEWS@nifty:米、ヤシン師殺害非難せず(共同通信)

 当然だわな、自分とこの「テロとの戦いには先制攻撃」の同調者なんだもんな。大切な実験場だしな。非難なんてしたら自分の身が危ういからそれはできんわな。だから四者協議でも声明は出せないし、安保理もどうなることか。

 日本はとりあえずこのレベル。批判までは踏み込まない、ある種優等生の発言。

ヤシン師殺害で小泉首相、「暴力の連鎖断ち切らないと」 - asahi.com : 政治

 NHKのニュースでは、今回のヤシン師殺害がパレスチナ穏健派の口を封じることになりかねないというコメントも。先のNスペ「ドキュメント・エルサレム」後編でも、和平派に投げつけられる言葉が辛かったが、更に彼らの道は険しくなってしまうのだろうか。

asahi.com : ニュース特集 : 中東和平
Y!ニュース - 中東情勢

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2004.03.20

3.20―あれから1年

 1年前の寝言は「ともあれ、一刻も早く終わりますように。」と終わっているんだが、終わったのか終わってないのかといえば後者が勝つのだろう。大義なき戦争が呼び込んだ悪意の連鎖は、まるで終わりを見せようとはしない。

 しかし1年前にも「まずはWinMeの再インストールをせねば」とか書いてるんだが、その状況まで同じなのか。むいむい星人が使っているからといって、PCまで不意の居眠りをされては困るんですが。自分とPCの不調で今回の仕事は体感速度で通常の3倍時間が掛かった感じです。とほ。まだ書きたいこと一杯あるんですがとりあえずここまで。

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2004.02.10

Nスペ「ドキュメント・エルサレム」後編

■後編・聖地の和平はなぜ実現しないのか 1967~2004

 併合された東エルサレム。イスラエル市の助役となったメロン・ベンベニスティはアラブ系住民との融和を図るが、内部での反発に合い職を退く。父ダビッドにシオニズムを叩き込まれたメロンはアラブ系住民を「身近な敵」と呼びながらも、父の作った地図の仕事を正当化することはできず、隣人としての共存を模索し、右派の強攻策に目を配る。

 聖墳墓教会の鍵番の家に生まれ、アラブ系住民の中で中核的な立場にあった父を持つサリー・ヌサイブ。境界線近くに育ち、ヨルダンによる支配下でパレスチナ人としてのアイデンティティを考えるようになった彼は今、かつて身を置いたPLO・パレスチナ解放機構から離れ、市民レベルでの活動を行っている。パレスチナ難民を前に、帰還権を放棄して、今の自分たちの土地を守り、パレスチナ国家建設を目指すように説く彼は、同じパレスチナ人から白眼視される場面もある。和平を説くサリーらのおかげで和平が遠のくのだと投げつけられる言葉は辛辣だ。

 82年レバノン侵攻、87年アラファト議長率いるPLOによるインティファーダ。PLOによるテロとイスラエル軍による報復の無限の連鎖。現在のイスラエル首相シャロン氏が政権の中枢へのし上がっていく様子と背中合わせに語られる、米軍の兵器の実験地としてのイスラエル。そしてそのイスラエルを支持するキリスト教福音派。彼らにとって主の再臨には約束の地をユダヤ人が手にすることが必要不可欠なのだ。しかしそのためにパレスチナ人が苦しんでも良いというのは、まるで中世の十字軍と変わらない。

 93年オスロ合意に達した両者だが、イスラエルでは95年に和平派のラビン元首相が暗殺され(Nスペ本編では省略)、大イスラエル主義を説くシャロン政権が誕生する。2003年のロードマップなど絵に描いた餅、今日もなおテロが続き、イスラエルによる壁はパレスチナ人の農地を分断し、見るものを圧倒する8mの高さで伸びていく。この壁の不気味さと理不尽さ、こんなことを許す神が居るというのなら、それは悪魔と謗られても仕方ないのではないだろうか。


追記

 これをupした直後にこんなの見つけちゃいました。
 馬鹿って言う方が馬鹿なんだって知らんのか。

*astroblog: 「キリスト教徒でなければばか」 機長がいきなり客室で 米アメリカン航空

 あと少し前の記事だけどこんなのも。

暗いニュースリンク: ジョージア州は最新教育カリキュラムで19世紀に逆戻り

 でもね。
 多くのクリスチャンは良い生き方をしてると思うし、それが信仰の力だというのも分かる話なんです。ただ極端な人が出るとイメージ悪くなるんだよなぁってだけで。
 テロリストが居るからイスラムは恐いというのも、一部の極端な人のせいなだけ。
 T・Pぼん「十字軍の少年騎士」(藤子・F・不二雄)を読んでほしいなぁ。

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2004.02.09

Nスペ「ドキュメント・エルサレム」前編

 後編の再放送は2/9(月)2415~。後編だけでも見応えがあるので、未見の方は是非。

■前編・聖地での戦いはなぜ始まったのか 1879~1967

 オスマン・トルコ時代、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教が平和に共存していたエルサレム。迫害を受けていたヨーロッパのユダヤ人にシオニズム運動が巻き起こって、彼らは約束の地を目指すことになる。

 ユダヤ人の資金力に目をつけたイギリスは、ユダヤ人国家建設に好意的な反応を示す。しかし一方ではアラブ国家への好意も見せる。第一次世界大戦後、中東の北部はフランス、パレスチナを含む南部はイギリスの勢力下に入る。

 第二次世界大戦でのナチス・ドイツによるホロコーストの映像が世界に流れ、世論は一気にユダヤ人へ同情的に動く。国連決議によりイスラエル建国は国際社会で認められる。しかし彼らは周囲をアラブ国家に囲まれ、孤立していた。

 国連決議での数字を無視してパレスチナに勢力圏を広げていくイスラエル。幾度にもわたる中東戦争でその力は誇示され、土地を奪われたパレスチナ難民の悲劇が始まる。第三次中東戦争でついに旧市街を含む東エルサレムがイスラエルに併合された。

 国家の礎となる地図。初代首相の指示により、地理の専門知識を買われたダビッド・ベンベニスティが作り上げたその地図では、アラブの地名がヘブライ語に変えられていた。アラブ人から土地の経済的所有権だけでなく精神的所有権をも奪ったというのである。平成の大合併だとか、ダムに沈むから村の名前がなくなるという話も思い出す。

 シオニストであり教師であったダビッドは子ども達に、移住してきた土地とはいえ、この地こそ祖国なのだという愛国心を育て上げた。しかしパレスチナの人々は、大アラブというゆるやかな共同体の意識はあっても、パレスチナ国家という意識はなかった。そこへ、ユダヤ人の思い描く確固たる国家が侵食していった。

 聖墳墓教会の鍵を預かるのは代々イスラム教徒だという。イスラムが他の宗教に寛容であればこそ、あの平和なエルサレムがあったのだ。

 イスラエル建国の影には、イギリスの思惑だけでなく、ローマに追われて以来約2000年に渡っての迫害の歴史が存在する。そもそも何故彼らは迫害され、だからこそ信仰に基づく団結を深めて約束の地を目指したのか。そこが知りたくなった。

NHKスペシャル公式

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2004.01.27

カラシニコフ~11歳の少女兵

 朝日新聞の連載「カラシニコフ 銃・国家・ひとびと」の「11歳の少女兵」は昨日終了。本日からは「設計者は語る」で、こちらも興味深い所だが、とりあえず先の分について少々。

 1947年式カラシニコフ自動小銃・AK47。世界中に1億丁近くあると推測されるこの銃は、植民地解放闘争の主役から、それらの国家を崩壊させる「小さな大量破壊兵器」となった。シエラレオネの19歳の少女ファトマタが4.3kgのAK47を手にしたのは11歳の時。彼女はこの銃で三人の人間を殺すことになり、そして内戦が終わってもなお苦しみの只中にある。

 1/25のNスペ「63億人の地図」でも登場したシエラレオネ。この連載は文字であるだけに、映像では取り上げ辛いと思われる惨禍にまで触れられている。NHKにしろ朝日新聞にしろ、そこで描かれているものが全て正しいとは思わないけれど、ファトマタの「私のような例はいくらでもある。それから目をそらさないで」という言葉は真相を示しているのだと思える。スリランカにしろ、およそ内戦で荒れている国には同じ問題があると見ていいだろう。子どもを兵士にするのは大人を使うよりずっと簡単だからだ。そして少女にはもう一つの役目が課されることになる。

 残念ながらasahi.comには掲載されていないので、連載時の見出しを並べてみる。

 「3人殺した」消えぬ記憶/腹がすくと村を襲った/ダイヤ巡る私欲の内戦/手入れ雑でも故障なし/襲撃前「マリファナ茶」/2度の拉致 家族も崩壊/「赤い肉」みんなが食べた/国を壊した「手首切り」/製造刻印ないまま流入/「人を殺せる層」が拡大/弟と再会、一日中泣いた/1日30円でダイヤ掘り/復学、妊娠、また休学…(1/12-1/26・13回)

 NHK「映像の世紀」でも大量殺戮が容易になっていく様子は描かれていたが、それでもここまで兵士が低年齢化したのはAK47という扱いやすい兵器によるところが大きい、というのが連載の大筋。松戸のバンダイミュージアムでのザクマシンガンの試射で、たかがBB弾なのにその振動に無限と思える20秒間を過ごし、銃を持つ人生でなくて良かったと思ってしまったような自分にはファトマタは遠すぎるけれど、目をそらすことはとても出来そうになく。彼女がほのかに見る夢が、実現して欲しいと祈るばかり。

「カラシニコフ」単行本化

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2003.12.28

「映像の世紀」アンコールつづき

 アンコールの日程はこちら、内容の概要はこちら

 第3集「それはマンハッタンから始まった」は戦後の繁栄の絶頂から世界恐慌での奈落の底への落差が凄い。ラストの当時のマンハッタンの夜景のWTCに目が行き、第4集「ヒトラーの野望」はちょっと耐えられんかもと思ってパスしたものの後悔果てしなく、第5集「世界は地獄を見た」は録画したまま。第2集「大量殺戮の完成」の第一次世界大戦があれだけの衝撃だったから、第二次世界大戦なんて見たら絶対眠れないと思ったんで。

 第6集「独立の旗の下に」。ガンジーについては11/25の「その時 歴史が動いた」 で見てますが、「映像の世紀」は当時の映像ばかりだから随分印象が違うようでもあり。第二次世界大戦が終わって世界中に吹き出した独立戦争の嵐。あれだけの戦争の後、まだ戦争を続けるというのだから……嘆息。中国は国民党との内戦に共産党が勝利、インドはヒンズーとイスラムの対立についにイギリスが撤退し、パキスタンが分離独立、その後も二度の全面戦争を経て今も対立は続く。東西冷戦が始まった中、彼らは第三勢力を宣言するが……ベトナムは旧宗主国フランスとの長い戦いについに勝利したものの、ソ連・中国に連続した赤化を懸念したアメリカが本気で乗り込んでくることになる。もぉええっちゅーに。

 第7集「勝者の世界分割」ヤルタ会談も「その時」で見たんだよなー。ってことで戦後のドイツの分割統治→発電所まで空輸したベルリン封鎖→東西ドイツ独立とビキニ環礁の核実験、そして朝鮮戦争。後半ちょこちょこと寝ちゃってたかも(i_i) 。さて今日は第8集「恐怖の中の平和」で冷戦の時代、明日が第9集「ベトナムの衝撃」なんだけど、コミケだからリアルタイム視聴は無理なんで録画しとこう。

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2003.12.23

「映像の世紀」第2集・大量殺戮の完成

 アンコールは嬉しいんだけど、深夜になってしまうので見終えてもしばらく寝付けません。概要はこちら

 第2集のお題は1914-1918の第一次世界大戦。サブタイトルは「塹壕の兵士たちは凄まじい兵器の出現を見た」と続く。50年間戦争のなかった欧州に始まったその戦争の当初、3週間で終わるからクリスマスには帰れるという兵士はまるでスポーツの遠征にでもいくような無邪気さ。しかし1月、2月経っても戦争は終わらず、フランス・イギリス側の機関銃の登場により果てしない塹壕戦が続く。夏に出兵した兵士は冬服の支給もないまま雪の中で戦い、塹壕足とシェルショックに苦しむことになる。そしてドイツの飛行船ツェッペリンによる空襲が始まり、大砲は巨大化し、毒ガスがばらまかれ、当時英国海軍大臣だったチャーチルの発案で農業用トラクターをヒントにした世界初の戦車マークIが登場する。ライト兄弟に始まった飛行機も早々と実戦投入され、初めは人が落としていた爆弾も投下が自動化され、機関銃を備え付けられて空中戦が始まる。海では補給路を断たれたドイツが潜水艦Uボートによる無差別攻撃を開始、これに被害を受けた中立国アメリカは、英仏が負けると貸付金が戻らなくなることを懸念したこともあり参戦、その物量でドイツを圧倒する。ロシアでは1917年に2月革命により王朝が滅び、11月革命によりレーニンによる共産主義国家ソ連が誕生、戦線から離脱する。ドイツでも革命が起こり、毒ガスに倒れていたヒトラーは、全てが無駄だったことと、自らの使命を悟ることになる。戦争の発端となったオーストリア=ハンガリー帝国は崩壊し、1918年11月11日にようやく休戦となる。

 指導者は安全な場所で命令するだけ、そして戦場の兵士は電話1本で機械に操られて死んでいく。そして今後は民間人を巻き込む大量殺戮の戦争になるといった、チャーチルの手記が象徴的。だが、その戦場で撮影された、塹壕で兵士の死体を荷車に積む映像が一番ショックだった。確か無声だったはずだが、どさっという重い音が聞こえたような気が。土のうか干し藁積んでるような感じで。人が死んでも物扱い、それどころか単なる数字になってしまう恐さが走り抜けたというのが見終えた感想。

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2003.12.19

カミラボ3周年

 でした。ほんとひとえにおいでくださってる皆様のおかげです。ありがとうございます。例によってお仕事でばたばたしてて、何もそれらしきことは出来ませんでしたが、おいおい何とかしたいと(;_;) その前に溜まってるメールとかですねまずは(_o_)

 しかし元大統領が捕まったからって劇的な変化となる訳でもなく、あの惨めな捕り物に、却って反対勢力は勢いづいているような。12/14だから忠臣蔵と重ねてるネタもありましたけど、忠臣蔵のオチは「喧嘩両成敗」ですからね。そこのとこ忘れないように。

 本日の新聞、朝刊1面は「自衛隊にきょう準備命令」、夕刊1面は「ミサイル防衛導入決定」。後者、そんなもん買って太平洋の向こうのアの国を潤して、すぐお隣を力一杯刺激するよーなことしてる金があるのなら、まともな人工衛星の一つも打ち上げてみろよとか言いたくなっちゃいけませんかね。

 ライト兄弟から100年、復元されたフライヤーは残念ながら飛ばず。ホンダジェットは、YS-11以来途絶えてる系譜を何とかできるのだろうかと。ソニーのQRIOはボール投げる時のポーズが語る表情が可愛かった。東大のバッティングロボットと対決できるのかなー(^^) とま、三歩進んで二歩下がってるようにも思える今日この頃、それでも差し引き一歩進んでいるのなら良いんだけど。

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2003.12.14

「彼を捕まえた」

 どうもまじっぽいですねぇ。
 会見あったばかりなんで、寝言にはまとめてませんけど……これで確実に「歴史が動いた」となるんでしょうか。明日朝刊休みなのが何か残念。いやwebやらTVやらの速報性はありがたいけど、やっぱ新聞に向き合うってのが好きなんで。

 今朝朝刊見てて気になったのがCOP9関連でのアの国の態度。やっぱこの国、地球が滅んでも自分の国が残ってりゃいーやと思ってるようにしか思えんわ。地球の反対側まで出かけていって、他国の土地に砲弾降らせる予算を国防費というよーな国なんだし。いやそれを言うと、そんな国に尻尾振って、「武器は運ばないが武装兵は輸送する」とか詭弁を弄してはるばる他所様の国まで鉄砲持たせた「自衛のための武力」を送り込もうとしている国に住んでるんですが自分。

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2003.12.08

Pearl Harbor & Imagine

 アの国では、「国民真珠湾英霊記念日」ってことだと通達が出たんだそうですが。何で今年になってわざわざと問えば理由は一つしかありませんが。アの国の変節は9.11ではなく11.9(ベルリンの壁崩壊)からだという指摘もあり、東側の体制崩壊によって冷戦が終わり、唯一の超大国になったその国が、「本土に戦争を仕掛けられた」9.11。それは真珠湾以来の衝撃だったのだという説が語られていて、そしてその「テロに対する戦争」というのが今大変な事態に陥っているのだから。

 そんな折、スミソニアンじゃエノラ・ゲイの展示に原爆投下機との説明はつけても、その被害については言及しないそうで、議論を避けたいから~って、それじゃ展示する意味って半減しません? 「原爆があったから何十万という米兵が死なずに済んだ」とかいう話を聞く度に、そんな仮定の話をしてどうするんだと思うんですが。そういえば先週の「その時 歴史が動いた」で、重慶に日本軍が空爆、というのが出てきてて、その事実もあるんだよなと。空襲と空爆、立場によって言葉は変わるけど同じ事。何人死んだかではなくて、無差別に殺された人が居て、その人は決して帰って来ないという事実が問題のはずで。

 しかしまー、最近のアの国を見てると、アルジェントソーマって9.11以降に作られてたら、小説版に近い雰囲気だったのかもなーとか(いや小説版で米軍が必死なのは事情が違うんですが)。何せ北米大陸がエイリアンに蹂躙されまくってるんだから、そりゃー必死になるはずだろうと。意図的なのか一般市民の反応ってどこか呑気なものしか出てこないんですが、背後はえらいことになってるはずなんだよなぁ。それとも5年も続けば慣れちゃうんでしょうか。タクトの行動はいわば非国民の謗りを免れないもので(米国籍ならの話だが)、大学に残ったのはマキちゃんと別れたくなかったからなんだろうなーとか。でもノグチ教授が気に入らんから生体工学科へは行けなくて、興味が持てそうな金属工学科にしたんだねーとか。こんな日にこんな萌え話やってられるなんてほんとお目出度いな自分。「Imagine」でも聞くかな、こんな日だし。

 えぇとやっと仕事一段落つきましたが、明日から別の山が~がんばらにゃ。諸事滞っておりますが、まずはちょっと休ませてください(_o_)

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2003.12.03

「その時 歴史が動いた」日米開戦を回避せよ

 詳しくは公式サイト。再放送は12/11(木)25:35他。来週は今年もこの季節ってことで忠臣蔵。

 1941年11月。日米開戦回避に向け、日本の東郷外相はインドシナ撤退と引き換えに石油輸出と中国への不干渉を求める妥協案を提示、日独を相手にするにはあと3ヶ月の準備期間が欲しい米側もそれに応じた妥協案を用意していた。

 米側のハル国務大臣は妥協案を認めるよう同盟国にギリギリまで働きかけていたが、日本と4年も戦ってきた中国の蒋介石は、米国の妥協があっては中国は崩壊するとして、ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相に電報攻勢を掛ける。「日本に石油を1滴売れば、中国の兵士の血が1ガロン流れる」のだと。ドイツに苦戦していた英国のチャーチルも、米国が参戦すればドイツに対抗できるようになると考え妥協を拒否する。

 チャーチルの言葉を受け取ったルーズベルトの元に、軍部から連絡が入る。日本が大輸送船団を南下させていると。それは誇大報告だったのだが、ルーズベルトは「片方の手で握手を求めながら、片方の手で短剣を突きつけている」ような日本を最早信用できないとして、妥協の撤回を決める。その結果提出されたハル・ノートは、米国の強硬姿勢を示すものであり、中国及びインドシナからの、日本軍・警察の即時撤退を求めるという、日本軍部が到底受け入れられない要求だった。そして12/8、真珠湾攻撃により日米開戦となる。

 まぁ何つーか、日米がそれぞれの都合で戦争を回避しようとしても(米国は3ヶ月先送りするだけのつもりで開戦は必至だったが、3ヶ月後にはドイツとソ連の力関係が変わることになる)、その周辺の中国や英国の事情がそれを許さなかったということで。東郷外相は米国の妥協案を暗号傍受で知っていたから、中国の動きも静観して米国を刺激しないで居たのに、結局は蒋介石に乗せられたことに。つーかその最後の米軍の誇大報告って何って感じですが。3ヶ月待たずに叩いてしまおうってことだったんだろうか。何かアの国って今も昔もとか思ってしまいましたが。でもそもそもは、日本の独善は決して容認されるものではなかったということだし。今現在にしてみても、何かにつけ日米同盟が、なんて言ってる首相がどーにも近隣諸国の神経を逆なでするような行動に出るのってどうなのよって思うんですがね。

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2003.12.02

軍務と理想

 08小隊からタイトル借りてきただけですが。
 スペイン、コロンビア、そして韓国と広がる一方の犠牲者の出身国。文民が危険にさらされているのに自衛隊が行かないとはおかしいという声もある一方、現地では自衛隊は米軍に従う軍隊としか見なされていないから、出しちゃいかんという声もあり。そういう議論の中で、また過激なことを言ってる知事が居るんですが……「攻撃してきたら殲滅すればいい」だなんて、引き金を引くのは自分じゃないから言えるんだろうなぁ。

 ダグラム#34「武器は誰がために」で、地球製の武器がデロイアのゲリラに売られていることが発覚、それを肯定する商社の人間にパルミナ行政官レーク・ボイド少佐が問題の銃を手渡して言った「売るだけでなく、一度ご自分で使ってみたら如何ですか。これがどんなものか良く分かりますよ」だとか、ダ・ガーン#41「大接近!オーボス星」で、防衛機構軍の高杉光一郎大佐が言った「軍隊は戦わないことが一番の任務だ」という言葉。たかがアニメの台詞でしかないのだけれど、こちらの方がよっぽど響くものがあるんだよなぁ。そりゃ勿論これは絵空事であって、まるで理想論なのは分かりきっていること。物語中でもレークは現実の前に身を引くことを余儀なくされるし、星史がダ・ガーン達と共に戦わずにオーボスを倒すことも出来なかった訳なんだけれどもさ。でもさ、理想を掲げて、そこへ到達しようと努力することを捨ててしまったら人間終わりじゃん。最後まで戦いを避けて話し合いで解決しようとするレークと光一郎が、その軍務の中で求めた理想は、絵に描いた餅かもしれないけれどそれでも光るものはあると思うのよ。思いたいのよ。

 そういえば千葉テレビでやってるダ・ガーンが丁度#34「隊長の資格」で、ビオレッツェの罠でガンダール遺跡で戦うことになり、星史の命令のおかげで遺跡が破壊されたために、次回「地球の歌を聞け」まで続いてなじられちゃうんだよね星ちゃん。たかが小学生がここまで悩んでるのにさ……ガンダールつーのはまんまアフガニスタンだけど、イラクだって遺跡が山ほどあるんですが。古代からの文明に敬意を払うあたりから、態度とかって変わりませんか。アの国のやり方が受け入れられないのって、そういう部分もあるような気がするんですよ。日本占領時には天皇を利用してまで結構上手いことやったようなのにね。

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2003.11.30

……。

 H2A失敗に落ち込んでる間もなく、外務省の半旗。
 つまらん失態ばかり目に付く外務省とはいえ、今回悲劇に見舞われた二人に関するコメントを聞くと、多大なる損失だったのだと。本当にお悔やみ申し上げます。運転手の方も亡くなられたそうで、護衛をつけなかったからいけなかったのか、いや目立ってはいけなかったのだとか、そもそも会議の場所に問題があったんじゃとか、何を言っても仕方ないし、本当に言葉もなくなるようなニュースが続き。

 正直、テロの口実を与えてるアの国ってどうなのよとは思うし、それに従う形で現在の支援活動が行われてしまっているのだけれど(国連撤退したし)、それでもイタリアとか、今回の日本とか、或いはイラク市民をも巻き込む自爆テロとか、国際社会をないがしろにするようなテロというのは許されるものではなく。日本の首相の「テロには屈しない」という言葉よりも、亡くなった参事官の「国連が引いたからこそ、引くわけにはいかない」というその正義感の方が、遥かに覚悟として重みがある。だからこそ彼らの遺志は継がれなければならないのだろうけれど、しかしそれってただ事ではすまされず。

 少し前、新聞の投書欄で「自衛隊員の恋人に分かれてくれと言われた」というのが話題になってたけど、今日の朝日朝刊では元防衛庁局長の新潟県加茂市長・小池氏が「派遣は契約違反」だという論を展開してて、色々な見方があるものだと思ったり。自分が身内だったら、というかほんと自分自身の問題として考えることが問われているとは知りつつ、まずは手前の仕事をちゃんとしろよというのが目先の問題で。ちゃんとせにゃ。

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2003.11.16

Nスペ「文明の道」第7集 エルサレム・和平・若き皇帝の決断

 今月の「文明の道」、再放送は11/18・2415。

 先月のバグダッドといい、エルサレムもまた2003年現在の風景が黒光りする銃に彩られているのが見るも痛ましい限り。今月は200年続いた十字軍の侵攻を、10年だけとはいえ武力を使わず言葉で止めてみせた二人の王様の物語。正直、「文明の道」というより「その時歴史が動いた」っぽいかなーとか思ってしまいましたが(先週まで項羽と劉邦だったから余計)。しかしま、最近どうにも「話し合いで解決できれば戦争は要らん」ってのが気になってる自分には、熱出して寝込んでたけど見て良かったと思えた1本でした。

 キリスト教の聖地エルサレム。しかしそこはユダヤ教、イスラム教の聖地でもある。この地がイスラム王朝に支配されていることを良しとしなかった時のローマ教皇庁は十字軍を募り、聖地奪還を目論む。聖地を穢す異教徒を殺せば、現世での罪を赦されるとして(そんな馬鹿な、とは思うがこの時代は本気で信じられていたらしい)、ヨーロッパ中から大軍が遥かなその地を目指した。そんな時代が続く中、神聖ローマ帝国皇帝に担ぎ上げられた若干20歳のフリードリッヒ二世。彼は皇帝として教皇庁に十字軍を率いての聖地奪還を誓うが、彼の生い立ちがそれを阻むことになる。

 地中海に浮かぶシチリア島。シチリア王国の王子として生まれた彼は、その土地柄、イスラム、ギリシャといった異なる文化に慣れ親しんで育った。新皇帝の身辺を探るべくイスラム王朝の君主アルカーミルは彼にまず使節を送ったが、フリードリッヒは自らアラビア語で信書をアルカーミルに送った。二人は自然科学や幾何学のやりとりを楽しみ、フリードリッヒはアルカーミルから贈られた天体観測器を「息子の次に大事」と言うほどだった。

 教皇庁に出陣を命ぜられ、一度は出立したフリードリッヒだが、船内にチフスが流行、彼も病に倒れ引き返す。その結果教皇庁の怒りに触れて破門を言い渡され、窮地に立ったフリードリッヒは、和平を模索する。長い交渉の末和平条約が結ばれ、聖地に平和が訪れる。

 和平条約の内容は、エルサレムはキリスト教徒の手に渡るが、イスラム教の聖地・神殿の丘はイスラム教徒のもの。しかしイスラム教の尊厳を重んじる者であれば、キリスト教徒でも立ち入りは許されるというもの。互いの宗教を尊重しあい、共存を図っているのだ。そして、十字軍のような武力行使に対しては、ローマ皇帝はそれからイスラム王朝を守るとまで書いてある。フリードリッヒとアルカーミルの親交の深さからの相互理解によるものなのだろうが、あの中世にここまで開かれた考え方を持つ王が居たというのが、ちょっと信じられないくらい。エルサレムに足を踏み入れたフリードリッヒは神殿の丘を訪れるが、イスラム教徒が彼に配慮して祈りの歌を止めると、それを良しとはしなかった。彼のイスラムへの理解は、心からのものであったのだ。

 しかし、二人は自らの属する世界からは異端視され、孤独を味わうことになる。条約締結から9年後アルカーミルは死去、後継者はその路線を踏襲せず、その翌年平和は打ち砕かれる。再びイスラム教徒の手に落ちたエルサレムを奪還すべく十字軍が結成されるが、これとフリードリッヒはその生涯戦い続け、そして彼の死後も十字軍がエルサレムを奪還することはついになかった(十字軍が廃止される経緯は忘れた)。

 2000年になって、ローマ法王は十字軍という名の暴力への許しを乞う声明を発した。しかし、フリードリッヒの破門は未だ解かれず、彼の功績も歴史に埋もれたままだ。棺に納められた彼が纏っていた服の袖には、アラビア語でアルカーミルへ向けられた言葉が刺繍されている。「勝利者よ」と友を称えるその言葉を手に彼岸へ渡った彼は、その狂気のない世界で友と語り合っているのだろうか。

 中世のほんの一時、聖地に訪れた平和。それから900年あまりの時が過ぎ、今もまた聖地には、平和を求める祈りが続いている。悪いのは宗教ではなく、人々の信仰心を利用する政治なのだ。冒頭、イスラエルの首相(だったかな)が、交渉の大切さを口にはしているが、トルコなどでのユダヤ教礼拝所へのテロはイスラエルという国そのものが「世界平和の脅威になっている」と認識されているという世論もあって、この土地は本当に一筋縄ではいかんとは思うのだけれど……祈りというものはどの神様を信じていようと本質は変わらないはずだ。この歴史に学ぶべきことは、今だからこそあるのだと思う。

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2003.11.05

燃えつきたあとに・2

 うわっそうかもう11月なのか。そりゃ日が沈むの早くなるはずだよ……とほほ。えと随分とご無沙汰でした。

 10月下旬、急に冷え込んだあたりで真剣に寝込んでしまいました。おかげでその後が大変でしたが、まぁなんとか落ち着いたのかどうなのか。まだちょっと一杯一杯な状態ではあるんですけれども。太陽が二つ見えそうなくらいの眩暈を覚えてみたり。

 10/16付けであんなこと書いてたら、みどり2号が星屑になってしまい。欧米の観測機器も積んでたっつーに、みどりシリーズで1400億円でしたっけ? イラクへの1650億円と比較する文面が新聞には出てたんだけど。JR東日本の失態といい、何かこう、確実に日本の神話が壊れていってますな。ソユーズなんて文字通り前世紀の技術なのにちゃーんと実績重ねてるのを見ると、何だかなぁと。

 日本はどーなっちゃうのかね、と思いながら新聞見てたら、スリランカがえらいことになってますが。 新聞では更迭された閣僚が分からなくて、今回調べてみたら例のピーリス憲法相は外れてるみたいなんだが……正気に戻ってぇな大統領(i_i)

 バグダッドから、国連に続きスペインも外交官一部撤退とかいうことらしく。ほんとどうなっちゃうんでしょうかここも。先月のNスペ「文明の道」での、かつてのバグダッドが実に素晴らしい街づくりをしてたのに、戦争であっさり破壊されたというのが実にむなしく。「文明の道」シリーズ自体は身内では期待ハズレ的評価ではあるんですが、それでもまぁ、今月(11/16)はエルサレムなのでこれも期待してます。

◆本日の更新:カミラボ:久々にGX小話。毎度ながら、他はおいおい(_o_)

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2003.09.16

NHKスペシャル「テロを止めた対話 ~ノルウェー秘密交渉の記録~」

 9/13の放送は終わり際が目に映っただけだったのが、早速再放送。つか先にNスペ公式調べとけばよかった。

 スリランカからの分離独立を唱える少数民族タミル人の武装組織「解放のトラ(LTTE)」。政府軍との19年に渡る内戦は双方に6万人もの死者を出していた。大統領はノルウェーに仲介を依頼したが、LTTEの自爆テロは大統領の右目の視力を奪い、大統領の態度は硬化する。

 LTTEの政治顧問バラシンハム氏が腎臓病により密かに海外活動拠点のロンドンへ移る。ノルウェー外務省のソルヘイム特使は接触を試みるが態度は頑なだ。しかしバ氏の病状が悪化、ノルウェーは人道的処置としてバ氏をノルウェーへ移し、腎臓の移植手術を行う。バ氏の態度が軟化し、ソ特使はまず相手の話を聞き続けた。イギリスでのテロ組織への資金凍結が取りだたされ、LTTEがテロ組織とされないよう働きかけて欲しいとのバ氏の言葉に、ソ特使はテロを止めるよう初めての助言をする。

 LTTEのプラバカラン議長は18で組織を起こし、30年余り戦いを率いてきたカリスマ的存在。主力はやはり10代の少年兵だ。皆が首から下げているのは青酸カリのカプセル。「敵に捕まる前に自決する」と言う瞳には何の疑いも見られない。ソ特使と会ったプ議長は、その言葉の殆どをタミル人の生活の改善要求に充てた。初回の会談ではテロを止めるとの言葉は引き出せなかった。しかしノルウェーの努力は続き、LTTEは一方的停戦を発表する。

 しかし、大統領の硬化した態度は政府軍の攻撃となって現れる。一方、長年大統領を支え、同じテロで右腕を砕かれた憲法相は対話による和平を望み、和平派の野党へ移って選挙戦を戦い、ここに和平派の首相が誕生する。ノルウェーが動き始めて4年半、ついに両者は無期限停戦に合意した。

 箱根で和平会議が開かれたその日、アメリカのイラク攻撃が始まった。この会議ではタミル人への支援の割合の問題などで対話は中断。和平への道は決して平坦ではない。

 という所で終わったんだが、実に興味深かったです。見られて良かった。日本は最大の援助国ではあるけれど、スリランカが戦後賠償の放棄をした上、連合軍の分割統治に反対してくれたという恩に報いる必要はあると思う。今回調べ物して初めて知ったことですが。

 当初は政治活動をしてたのに武力を行使したのは政府軍が先だと言う「解放のトラ(LTTE)」。和平への道を最初に求めたはずなのに、自らが傷ついたことで態度を硬化させる大統領。やはり傷ついたのに、そんな大統領から距離を置き対話を模索する憲法相。LTTEの一方的停戦で事態が好転するかと思えば、その後の政府軍の攻撃を非難したソルヘイム特使は大統領の反感を買い、ノルウェーはソ特使の上に副外相を置き、ソ特使を裏方へ回らせる。事情を一番知る人物を下げることに不満を示すLTTEのバラシンハム氏。「話し合いで解決できれば戦争は要らん」を実践するには、まだまだ努力が必要な彼の地。

 ソルヘイム特使の部屋に掲げられた、戦死した息子の墓の前で嘆く母の写真。何千もの母が居る、それを胸に仲介外交を続けるノルウェー。スリランカの最大の援助国ということもあり、和平会議の場を用意した日本で目にした、アメリカのイラク攻撃のニュース。そんなアメリカを支持する日本は、ソ特使の目にはどう映ったのか。大体援助つーてもいつものばら撒きなんで、問題山積みらしいし。

 青酸カリを首に下げる少年兵についてはこんなのも。3年前の中学生向けの記事でこんなのとか、あるいはこんなのとか。これが現実。

 大統領を狙ったテロで使われた自爆装置。起爆すると1500もの金属の弾が飛び散るように作られている。このテロでは21人が死に、大統領の取材をしていたNHKのクルーも含めて100人以上が負傷したとのこと。バグダッドの国連の時と同じく、一瞬で血塗れになる画面。そのテロが分けた大統領と憲法相の選んだ道の違い。

 「事実は小説より奇なり」が適当ではないかも知れんが、1年近くアレを見続けた時間よりもこの約1時間の方が遥かに興味深かった。――つーとやはり言葉良くないかなぁ。

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2003.09.11

9.11―あれから2年

 アフガニスタンからの手紙を再読する。あれから世界は確かに変わっただろう、でもそれが良い変化とは思えない。あの日以降、テロの犠牲となった人たちはこのような変化を望んだのだろうか。ある遺族は「アメリカの他の家族が同じ目に会わないよう」現政権を支持しているそうだが、そのために「アメリカ以外の家族」の犠牲は止む無しということらしい。

 バグダッドでのテロにより国連は活動を縮小を余儀なくされ、アの国は日本を名指しで復興支援要請をする。あんたの国が勝手に始めた戦争がまだ終わっていないのは認めているのだろうに。「暴力の連鎖の一方で優しさもつながる」とは、別の遺族の言葉。話し合いが生む優しさが、その連鎖を断ち切る力になるのは、間違いのないことではあるのだろうけれど。どちらの遺族も、亡くしたひとを思うことには変わりない。その思いには、黙って手を合わせたい。

 話し合いで解決できれば戦争は要らん。という話を扱った物語はいくつもあると思うんだが、昨日のBrosのアレを読んで煮立った頭に浮かんだのは「太陽の牙ダグラム」。植民星として圧政に苦しんだデロイアの地球からの独立戦争を描いた全75話に渡る大作だが、何も始終ドンパチやってた訳ではなく、寧ろ物語を動かしているのは政治の駆け引き。

 個人的に印象深かったのが、中盤以降のパルミナ行政官レーク・ボイド。武力より話し合いを優先する彼の姿勢は、一方で冷笑され、一方で少しずつ受け入れられながらも、結局は支配する地球人と支配されるデロイア人が分かり合えることはないという現実に、彼は行政官を辞すことになってしまう。そしてそれと時を同じくして武力衝突が激化し、その裏で権力を手にせんと暗躍するラコックの笑みはあくまで酷薄だ。

 話し合いで解決できれば戦争は要らんのだ、ということを描いたアニメとしては、ダグラムは確かに絵的に地味かも知れんが、非常に良く出来ていると思う。そして、戦争を終わらせたのが武力でないということを含めて描いているのは、稀有な例かとも思う。劇場版なら80分でまとまってるんで見て欲しいなとは思うが、今時のお子様に受けるかどうかは知らん。しかしGXといいダグラムといい、どうしてこう地味で、最初から朽ち果てた主人公機が出てくるよーなのが好きなのかね自分。中秋の名月は朧月。

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2003.08.25

ようこそ、平和の国へ……なのか?

 「戦争を考える」を見に行くと、ウチはまぁともかくとして、本当に色々な活動をしているサイトを知ることができるんですが、今回目に付いたのが、先日もニュースバードで見た「イスラエルとパレスチナの子供達を日本に招いてサッカー交流」というもの。ニュース映像でもほんと楽しそうな笑顔の子供達だったんだけど、あと数日で帰国してしまうと、今度はこの子供達もテロと報復攻撃の標的になるのかも知れないと思うと辛い。ここ数日で急速に悪化している故郷の状況を、この子供達も知らない訳でもないのだろうし。

 でもこの日本も、のほほんと平和な国という訳でもなくて、テロとも無縁ではないのがここ数日の状況。暴力に訴えることしか出来ない人がこの国にも居るというのが悲しくてならんです。ふんわかいこうよ、ふんわか。←シャンゼ効果

 えと本日放映のGX第十七話「あなた自身が確かめて」。何を? というと、「人間が殺し合いのできる生き物であるのは何故か」ということなんですが、まぁこれはこの話の文脈で出てくる話なんで。ただ同族を殺す概念を持つ動物がどれだけあるか存じませんが、生存競争以外の理由で同族を殺せるのは多分人間だけなんだろうなぁ。

◆昨日と本日の更新:とびだす。:ほっとにゅ~す続き。かれんだ~もup。カミラボ:Ζ小説up。夏の終わりに名残りの薔薇。つーてもまだ絶好調に暑いです関東。

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2003.08.09

広島、長崎。

 先日処方された粉薬は、薬包紙で出されたもの。自分の記憶で薬包紙から薬を飲んだ覚えがなく、21世紀になってこんなの見るとは思わなんだ、と思うんだが、子供の頃薬包紙で出されてもオブラートに包み直して飲んでいたんだろうか。

 薬包紙をしげしげと見ていると思い出すのが、広島の原爆の子の像の話。確かあれって、原爆症で入院した佐々木禎子さんが薬包紙などで鶴を折り始めたものの亡くなってしまい、以来、千羽鶴を追悼に捧げ始めたってのだったと思うんですが。調べてみたら大筋覚えててほっとしたり、先の放火には頭痛かったり、その後のお詫びで集まった折鶴に安堵したり。

 という訳で広島と長崎で平和への祈り。今は戦後ではなく戦前か、という異様な空気の中で……というか現実には列島縦断の台風10号の被害が大きくて、九州なんてまだ先の豪雨から立ち直りきれてないのにと。お見舞い申し上げます。

 SEEDはちゃんと見てますが、さすがにちょっとそういう気分でないのでパス。

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2003.07.11

燃え尽きたあとに

 リカバリ中断して仕事してました。PC使えないんで手書きで書類作る羽目になりましたが何とか納品できて一息。とはいえ次の仕事までに何とかせんとマジでヤバイ。

 以下、7/3頃upするつもりで出来なかった寝言。

 そんなこんなでちょっと沈み気味なんですが、BBSであやおりさんに教えてもらったGXリピート@ANIMAXと、ついでに確認した電撃戦隊チェンジマン@東映チャンネルに浮かれ気味でもあり。どっちも8月からですが、特に後者。これをやるなら東映チャンネル契約と決めてたんで嬉しい限り。いよいよHDD+DVDレコーダ買わねばですよ。で、どれがえぇねんと思って以前調べてたのが以下の記事。本命は東芝X-3だが新型も気になるとか。

話題のHDD内蔵DVDレコーダを比較する(DOS/V magazine 2003/5/15号より
2003年度版 最新HDD・DVDレコーダー徹底比較(日経BP社)

 リカバリというか、中東和平にも動き。今度こそうまくいきますようにとただ祈るばかり。その隙にイラク新法が通りつつあるんだが……「イラクの人々は軍服を恐れている」とは現地を訪れたアグネス・チャン氏のコメント。かと思えば自衛隊演習地からの拾い物を宅急便で送って爆発させる人も居るし。今回怪我で済んだのが不幸中の幸いだが、少し前に似たようなものを空港に持ち込んで一人死なせてしまったなんて事件があったのはまるで他人事だったんだろうな。この緊張感とかリアリティのなさってのが本当の意味での平和ボケなんだろうと思う今日この頃。

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2003.06.23

沖縄慰霊の日

 彼の地では梅雨も明けて、祈りの夏が幕を開ける。世界がこんな状態だからこそ、58年前に起こったことも、今世界のどこかで起こっていることも、同じ悲しみとして捉えないとならないのだと。何故人が人を殺さなくてはならないのだと、その理不尽さと狂気を改めて恐ろしく思い、それらに取り込まれてはならないのだと、誓うよりほかなく。

 イスラエルとパレスチナの、テロで肉親を失った人たちが日本を訪れて対話をしたと聞く。平和な日本の姿が力になるという言葉に、今この国が何処へ向かおうとしているのかを思い起こせば、武器やそれらのための金銭などを使わずに彼らに力を与えられる国でありたいと、願うしかなく。

 最近のSEEDの一連の描写、スタッフのインタビューなどを読んでいると意図的に「現実」を描こうとしているとも取れる。その意図自体は間違っていないとは思うが、でも何か違うだろうとも思い。残酷描写と言ってしまってよいものかとは思うが、ガンダムシリーズで描かれた中では、Vガンでの「これ、母さんです」を越える演出はないんじゃないかと思うんだが、それからすると、「行間を読ませる演出」がSEEDでは物足りないのかなぁとか。まんま描かないと最近のお子様には分からんとスタッフは思っているのか、実際お子様の反応はどうなのだろうか。

 でもSEEDで描かれてるのは殆どが兵士の死であって、民間人が殺される場面は極端に少ない。アラスカで巻き添え食った民間人は居たみたいだが、ユニウス7以外は軍の拠点ばかりが目標なので、民間人の犠牲が殆どない。砂漠の虎も民間人は殺さなかったしな。そんな戦争あらすか。現実は、あんなもんじゃない。もっと残酷だ。その残酷さが描かれない限り、あれらの映像は趣味が悪いという域を出ることはないようにも思える。

 そういえば先日送られてきたCityのSEEDオンリーの「充員召集令状」、赤紙だなんて悪趣味だ。つーかSEEDオンリーなのにRX-78のラストシューティングのシルエットとクワトロ台詞ってのは違うんじゃないかと。しかしあのロゴはぱっと見1stまんまってのは企業としても問題あるんじゃないのか? とか何とか。

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2003.06.13

オタク誌三昧。

 アニメージュ7月号の安彦さんのトランプって、例のΖガンダムトランプの復刻版だったんですな。いやしっかり現物持ってますが、2枚ほど無くしてるんで実は嬉しかったり。復刻とはこのレベルでの再現をするものだということで、持ってない方にはお勧めじゃないかと。でも裏面は1色になってますね(現物は確か2色)。今月は前半の1st組、来月はΖ組と箱がつくそうで。来月分のかみ子さんの空手着が可愛いんですよーぅ(^^)

 しかし、AMってこんなに背表紙薄かったかなとか。紙質が変わったのか、ページが薄くなったのか。このトランプが付いた当時はAM、アニメディア、NTの現存3誌の他に、アニメック、OUT、ジ・アニメ、マイアニメと全部で7誌入り乱れていたんですよねぇ(マイアニメなんて終盤は隔週刊だったし)。ま、今は今でアニメ専門でなくても周辺誌がごちゃごちゃあるんで、余計入り乱れてるのかも知れませんが。いやNTと声優グランプリと並べてみてそんなことを思い。

 NTにてイボルブ続報。お次はνってことでここまで5本入れて販売って。今まで苦労して集めてきたのにーって、それだけ早く見られたってこととはいえ。久々にイボルブ2見たくなったり。

 あーあと日経キャラクターズ。GX者としては久々にふつふつとこう……来たかも(^^# ま、こういうコト書けば良いんだろう、専門誌じゃないんだから──って専門誌かこれも? ちゃんと見てたらこういう文章にはならんと思いたいんですが。

 って、そんなオタク話の一方で中東が大変なことになってますが。
 ロードマップって何ですか状態で。6/4の首脳会談から1週間しか持たないってどういうこと(i_i)
 その脇でイラク新法とか動いてるし。梅雨入りしてようやく降り始めた雨に憂鬱な日が続きます。はぅ。ついにエアコンの除湿入れました。

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2003.06.06

姉さん、有事です。

 今朝の朝刊(*)の国際面の見出しをざっと見るだけでも、チェチェン巡るテロで6人、アフガン戦闘で49人、イラクで米兵1人、アチェで国軍発砲しドイツ人2人、とこれだけの人が亡くなっている、そういう日々の中で成立した有事3法。出来てしまえばこっちのもの、ということにならんように、これでいいのかという議論は続けられるべきであり。アチェは辛いよな、ギリギリまでの交渉を東京でやってたのに決裂したんだから。知らん振りはできない。そして紙面に取り上げられない「戦死」もどこかにあるはずで。

 ガンダムエース7月号のおトミさんの対談読んでて、何故「自衛隊は軍隊」という考え方が出てくるかは分かったような気もしたり。で、純ちゃんは5日の衆議院本会議で「自衛のための必要最小限度内の実力組織であり、憲法違反でないのは明らか」とし、先の答弁は「自衛隊には常識的に考えれば戦う力があることを語った」のだそうである(*共に朝日新聞東京版6/6朝刊)。

 しかしあの対談でも出てるけど、リアリティないよなー。今日日、関が原なんかで演習やってどないするねん。って実際に汗かいてる自衛隊の皆さんには申し訳ないが。まだ東京のど真ん中に戦車持ち出した都知事のほうがマシに思えてくる……やだやだ。でも実際、ミサイル打ち込まれたら終わりだよ? 民間人を避難させてからクラスター爆弾使う暇なんて多分ないよ? 大体どこへ避難させるのよ。どうやって。それをきちんと決めておくべき「国民保護法制」は今回の有事3法に入っていません。国際人道法関係も先送りってのがこの国らしい。ガンオタなら誰でも知ってる南極条約の「捕虜の人道的な扱い」ってのをこの国は決めてないんだよ。ま、そりゃ当然のことながら、この国は国際紛争の解決の手段としての戦争を放棄してるんで、戦争はしないから捕虜も存在しないはずだったんでね。

 更新履歴に含めそびれてましたが、「戦争を考える」に参加。玄関TOPにバナー貼るだけなんですけどね。反戦とか非戦とか、いっそ賛成するとか言う前に、まず考える。そのことを大事にしたいなと。

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2003.06.05

約束の地にて

 SEED PHASE-32ではなくて。

 どっかのガキ大将じゃあるまいし、って感じでエビアンサミットをブッチしたアの国の大統領だが、中東和平が一歩前進したのに一役買ったってんならそれは評価しなきゃならんのだろうな。行くところまで行きかけてたからなマジで。

 しかしこの問題、本気で根が深い。大体、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じエルサレムを聖地とし、根っこには旧約聖書があるんだから、本来は兄弟みたいなもんなんだよね。約束の地を巡る血で血を洗う対立なんて、神様きっと泣いてるよ。

 イラク侵攻へ出兵した兵士も、つかの間の祈りの時に、従軍している聖職者に悩める心を吐露したという。キリスト者であれば「神も認めてくださるだろう」的に納得もいくかも知れないが、兄弟とも思えるものたちを標的にしなくてはならないムスリムの辛さときたら。──うろ覚えだけど、戦場を伝える記事の中で印象的だったものの一つ。それでも兵士だからと銃を取るムスリムたち、そして彼らを戦場へ送り出したイスラムの聖職者たち。今彼らはどうしているのだろう。

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2003.05.21

有事法制つづき。

 個人情報保護法案も気になる所ですが、やはり有事法制ですよ今は。

 「首相「自衛隊は実質的に軍隊」 参院有事法制特別委で」って。アコガレのブッシュ牧場へご招待で浮かれとらんか純ちゃん? でも、別記事の「30年前なら野党が怒って国会ストップ」というコメントを読むと、何で今はそうならんのだ、という気もしなくもない。時代は移ろうもので、今のこのご時世だからこその有事法制なんだけど(いざというときに泥縄で下手なものを作られるよりは、今のうちにきっちり考えておく方がまだマシってやつね)、間違えちゃいかんものはあるだろうと。軽率な発言で過去何度世界を揺らしたと思っているのだか。←でもあまり波紋呼んでないな。常識だったのか?

 先日の「戦争と人殺し」とは逆かも知れんが、それでも外国から見ても「自衛隊」でなくてはならんと思うのですよ。世界の「軍事予算」という点で上から数えた方が早いくらいの金額つぎ込んでいても、あくまでも「軍隊」ではないと言い切らんと。逆に他国の土地を「我が国の国益」のために蹂躙する軍隊を仕切ってるのが「国防省」だとゆーアの国ってのもなーとか思ってるのは、専守防衛で半世紀やってきた国で生まれ育ってしまったからなんでしょうか。「攻撃は最大の防御」ってのはゲームとスポーツだけにしとくべきだと。

 とかいいながらasahi.com見てたら「「有事」を問う(上)「国守る」自衛隊 国民は…」ってのがあって、末尾の発言にくらくらですわ。軍隊なのかそうでないのか以前に、存在意義さえこの有様なんですよ。国民のためでなく「お国のため」に汗かいてる自衛隊の皆さんには申し訳ないが(いや自分は国民のために、と思ってる人も居ると思うんだけど)、軍隊を持たないコスタリカがうらやましくなる今日この頃。

◆本日の更新:とびだす。:けいじばん過去ログup。

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2003.05.15

有事法制と新聞と。

 有事(って戦争のことなんだけどさ)が起こってから慌てちゃいかんから、まず考えておくというのは決して悪くはないんだけど。
 戦争を起こさないためにどうすればいいのか考える方が大切だと思うんですが。
 ほんとはもっと議論が盛り上がらんといかん話題のはずなのに、粛々と進められてしまっているように見えるのはいつものこととはいえ。
 つい先月まで戦争報道の真っ只中だったのに、何だかもう見る影もないようで。

 毎日のその後、検証記事は読み応えあり。最初どこにあるか分かりにくかったけど、今はそうでもないかも。その後、ほんと色々調べたけど爆発済みにしか思えなかったという話も出てきてはいるが、やはりそういうものは持ち出さないという原則が必要なんだろうと。そもそも、そういう危ないものがごろごろしてて、子供のおもちゃになっているという現状がまずいんだろうけど、そういうものを片付けるのは後回しになっているんだろうというのが悲しく。

 新聞といえば、また朝日がポカしとりましたが。前に週刊朝日が問題起こしてたのを忘れた訳でもないだろうし、問題の種類は違うが細心の注意が必要なのは分かっていたのだろうに。しっかりしとくれよ。でも新聞なんてそういう意味ではどこも同じよーなもんではあるんで、今更他紙に変える気もなく。おかしなもので、フォントの違いさえ気になって他紙って読み辛い。その点Webでは他紙の記事も読みやすいからいいなと思ったり。いい時代になったもんですわ。

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2003.05.07

Mission Accomplished?

 5月1日に、ラクの国に対しては戦闘やめます宣言が出て(しかしあのパフォーマンス、現場の人間に対しての慰労の意味があるのは分かるが、単に趣味なんじゃという気が先に立ってしまうのは偏見? どっかの知事がやりたそーだなとか思ってしまうのはさらに偏見か)、アフガニスタンに関してもそろそろやめましょうという話が出ているとのことで。あーそうなるとTopの「アフガニスタンからの手紙」を下げる時が来るのか? と思いつつ、問題が解決したように見えないというか、全然めでたしめでたしって気分じゃないしと。こうして傷つけられた人たちが居て、そしてそれは過去の話ではなく、今後もあり得ることだと思えば、置いたままの方が良いようにも思い。

 アンマン空港での毎日記者手荷物爆発事件。現地で一体何を見てきたんだ、と思うとその軽率さに頭痛いんですが。亡くなった方が本当にお気の毒で。どうやらクラスター爆弾の子弾のようですが、何でこんなものを自衛隊が持ってるんだ? これが必要な専守防衛って一体何。日本製ってのが更に……これで食べてる人も居るのかってのが。永久に使われませんようにと祈るよりなく。

 さてようやく玄関改装。以前からちまちまと作業はしていても中々up出来ずにいたんですが、同人更新に合わせてみました。
 やってはいけない!! ホームページの掟 を見て気になっていたフレームとテーブルについて、テーブルはなかなか減らせないものの、フレームならなんとかなるかなと思って、一部を除き廃止。他にも色々あるんですがとりあえず。ついでに配色も似たような色合いを選んでweb safe colorにしてみたり……って完全でないですが。

 飛田館やカミラボも改装したいんですが、こちらの場合は改装以前にちゃんと更新しろというのが(_o_)

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2003.04.15

悪しきオーラってこういうことなのかもね

 何でわざわざ喧嘩を売るようなことをするんだろうなと、呆れるのさえ通り越してしまったり。
 そりゃ自由は大切なものだけど、履き違えたり、振りかざしてしまってはまずいのではないかと。自由という名の暴力なんてとてもいただけない。
 自由は尊重されるものであり、お互いを認め合うところにこそあるべきではないかと。
 自由をどう考えるかなんて人それぞれ、と言われればそれも自由なのか。

 10日にバグダッドが陥落、15日には空爆も終了だとか。
 圧政からの開放が捌け口を求めたのだろうが、官庁や商店だけでなく、病院にまで略奪が及ぶと聞けば背筋も凍るというものだ。
 病人の寝ているベッドを奪っていくなど、人間のすることなのだろうか。
 この狂気はどこへ向かうというのだろう。

 今ひとつの狂気は次の獲物に目を向ける。
 「アフガニスタン侵攻」と教科書に書いたら、「国連決議に基づくものなので侵攻ではない」という検定意見がついたそうなので、今回のは「侵攻」でいいんだろうな。で、次はシの国ですか? アフガニスタンを空爆したのはタ政権もさることながら、テロ組織をつぶすつもりだったのにまだ出来てないよね? ラクの国に攻め込んだのは、大量破壊兵器問題があったはずなのにそれも出てこないし、フ政権は崩壊したようだけど、肝心の大統領は「死んだか、生きて逃げているか」ってあーた。舌の根も乾かぬ間に次の喧嘩ですか。元気だな。

 馬鹿みたいな戦争のおかげで、統一地方選まるで盛り下がったじゃないか。
 理由はそれだけじゃないとは思うが。

 落ちそうになるOfficeをなだめながら仕事が一段落。
 でも地獄が待っているからなー。一息ついて更新だBBSだメールだと手をつけたいところですが、今晩はとりあえずここまで。すみません。

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2003.03.26

壊れやすい願いだけ何故こんなにあるんだろう

 アの国もラクの国も、言ってることは所詮「大本営発表」な訳で。
 誤射を認めないのも今に始まったことではなく、ただそこには殺された人が居るという現実だけがあるはずで。
 アルジャジーラはスカパー! でやってなかったっけ、っていつの話やって感じでもう枠が見当たらず。でもまた放送が始められるほど、今回の戦争が続いてもらっても困るとも思い、いややっぱこういう局は必要だとも思い。

 GXの第三十七話見た直後だから、通常の3倍戦争なんて要らないよ! の気分。いや、いつだって戦争なんて要らんのだが。ラクの国を放置できんのは分かる。だが、そこへ先制攻撃をしなくてはならない理由がどうしても分からない。世界に溢れる反戦・非戦の声を、ラクの国の現状を変えるための力にすることも出来たはずなのに。

 「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」

 GXで何度も出てくる「過ちは繰り返させない」を聴くたびに思い出すのが、広島のこの銘文だ。日本語らしい「主語のない文」だが、この主語は英語では「WE」となるらしい。この言葉の前に立つもの全てが誓うべきことなのだと。

 愚かしくも繰り返される暴挙を、平和の国の茶の間のTVで見る。絵空事の世界で、過ちを繰り返させないために何が出来るのか必死に考えて、そして行動するという物語を見た後で、同じ画面に現実の世界の戦争を見る。

 「日本はこの40年、戦争はしていないんだ」

 丁度20年前の映像の中に、こんな台詞が残されていた。その世界では、目も覆うような核の炎が画面に吹き荒れるのだけど。

 絵空事の戦争でさえ、見るのは辛い。でも、絵空事を見ていられるこの平和さえもが絵空事でしかない世界が実際にあることの方が辛い。

 一刻も早く、この愚かしい戦争が終わりますように。

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2003.03.20

「戦争か。よくも飽きずに続けるものだ」

 GX感想日記最終話、ではありませんが。←タイトルちゃうやんこの台詞。
 本日、日本時間11時半過ぎにアの国の攻撃開始。
 アの国の大統領の演説聞いたけど、どうにも腑に落ちん。ラクの国の大統領に問題があるのは分かるんだけど、だからと言ってアの国が先走って攻撃しかけて良いという道理はない。全会一致で採択された国連安保理決議1441(0211.08)の後、4年振りに査察が再開されていた。湾岸戦争から12年進歩なしとも言われるが、12年掛けて出来なかったことが数ヶ月で出来る訳がない。まして、全く査察を受け入れなかったのならまだしも、少しずつではあってもミサイルの廃棄などはされていたのだ。ここで国際社会が求めるべきは、査察の徹底化であって、打ち切りと先制攻撃ではないはずだ。

 JNNニュースバード(TBS系CS)だったかで、「開戦を急ぐのは、現地の気温が上がりすぎるとアの国の兵の負担が増すからだ」とかいう説さえ出ていたが、「とにかくやってしまえば勝つのは自分だからあとはこっちのもの」的な短絡思考で予防戦争なんて仕掛けられてたまるか。大体、大量破壊兵器を一番持ってるのはどこの国だよ。前にも書いたような気がするが、たとえ世界が滅んでも自分の国が生き残れば良いんだからなアの国ってのは。←京都議定書とかCTBTとか。

 で、ウチの国の首相は19日の時点で「無謀ですよね。自分が決断すれば平和的解決が出来るんだから、独裁者の恐ろしいところですね」と語ったそうだが、これってラクの国だけじゃなくてアの国の大統領も五十歩百歩でない? 「もうちょっと見守ろうよ」という独仏他の意見を放っておいて、安保理役たたずって言っちゃうんだから。アの国の言う「自由」って、そういうことを許すものなのね。そういやアフガニスタンの時もこういう話が出て、確かにタリバン政権は倒されて今一生懸命国づくりしてる最中だけど、でも、あれだけ空爆やってもテロリストの脅威が払拭された訳じゃない。12年前の戦争の劣化ウラン弾のおかげで苦しんでる子供達の上に、またミサイルが降ってくる。それはラクの国の大統領が悪いんだ、と言うのだろうけどさ。

 ともあれ、一刻も早く終わりますように。

◆本日の更新:カミラボ:GXつっこみ色々up。

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2003.03.19

「撃つしかないのか」

 GX感想日記第二十八話、ではありませんが。
 昨日の新聞で「攻撃しかないのか」と見出しにあって思わずGX変換。
 アの国の大統領にさくっとお灸をすえてくれる聖戦士殿はどこかに居られませぬか(i_i) 

 書きたいことは色々あれど、本日の朝日新聞夕刊の「ありがとう」が自分には面白くて、自分自身の言葉が上手くまとまりません。でもやはり、今のアの国の大統領を支持する訳にはいかんと思う訳で。

 色々ありまして1月程沈んでましたが一応一段落……も、ちょっと気になることが多いし、次の波もすぐにきてしまいそうです。更新とか滞りまくっていて申し訳ない限りです。

 GX感想日記は第二十三話までまとめてupしました。ここまで溜め込むと、カミラボにupすべきとも思うのですが、ちょっとそうしている間もなく。間にSEEDとかも入ってます。 現在はこちら

 既に本日第三十二話「あれはGファルコン!」まで済みまして、ようやくランスロー登場で浮かれてますが……はぁぁ。

 先述の聖戦士……って、いえそのあの。キッズステーションでやってるダンバインが東京上空まで来てるんですね(^^; 好きなんだよなぁ東京上空。ダンバインも色々書きたいことありすぎるんですが、まずはWinMeの再インストールをせねばならなさそうな気配です(T_T)

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2003.02.16

「誰が求める戦争か?」

 「もし次に戦争が起こったら、それは僕らが求めた戦争だ」──GX第三十六話より、オルバ・フロスト。こういう展開をする物語ってのも珍しいとは思うんですが、昨今の情勢見てると、ほんと、誰が求めてるのかと思うことしきり。戦争で利益を得ることが見込めるからこそ、それは求められるものであり。そして、求めるものは直接不利益を被る所に居ないのが常。フロスト兄弟は前線に居ましたが。

 日本がアの国の顔色伺ってるのを見ると、清水義範「開国ニッポン」(集英社文庫)の解説で、岸田秀氏の「黒船コンプレックス」(黒船が日本人に与えた影響をトラウマととらえる、というもの)が紹介されていて、それを延々引きずってるのか? とも思い。でも開国して間もない頃の日本人はもっと誇りを持ってたように思えるので(鹿鳴館とかはともかくとしてだ)、やはり「敗戦後」の萎縮の方が大きいのかもとか。その上、朝鮮戦争の特需景気があったからこそ戦後の復興があったんだもんな、アの国に足向けて寝られんわな。ってそれだけじゃないんだろうけどさ。

 結局、「次の戦争」が起こっても、日本は今のところ憲法上他国へ武力行使できないことになってるんで、ま、それでも協力しろと言われて何だかんだ言って手を貸すんだろうけどさ、戦場で直接人殺しはしなくて済む立場なんだよね多分。で、「勝つことが見込まれる立場」についてりゃ、「戦後」の利権を何がしか見込める訳で。って考えてると凄く嫌になってくる。戦争ってのは人殺しなんですよ? 「空爆」って言ってるのは攻撃を仕掛ける側の言葉であって、受ける側からは「空襲」って言うんですよ? かつてアの国による空襲を受けた国の人間として、更なる犠牲者が出るのに手を貸すってどうなのよ、と、こういう場面では被害者の立場に立つことも必要かと。かつて加害者の立場にあったからこその動きも求められているはずなんですが。何つったら良いのか、嫌だなぁ、ほんと。

 先日の新聞の投書欄、世界には貧困に喘ぐ人々も居るのに宇宙開発を進める意義を問うものがあったけど、宇宙から見た地球には国境線がないという視点を持つこと、冷戦期の米ソの頃とは違って今のISSは目に見える国際協力の場であること、前向いて進まないと人類は停滞するということは意義なんじゃ。大体、宇宙開発より莫大な予算つぎ込んでる軍事費を削る方が遥かに意義がありまっせ。

開国ニッポン(集英社文庫)
清水義範著

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2003.01.17

祈りの日

 12年前、湾岸戦争の地上戦が始まったり。
 8年前、阪神・淡路大震災が起こったり。

 それ以来、この日が誕生日の人にお祝いのお花を贈ると、「こんな日に誕生日なんて」などと言うのだが、確かにこの日のことが原因で亡くなった人が多いだけに、無事に誕生日を祝える幸せというものを大事にして欲しいと告げた。

 改めてそれらの人々に哀悼の祈りを捧げると共に、おめでとうと言える、今生きている幸せをかみしめて。

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